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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

H&M、ユニクロに貫録勝ち:ブランド対抗、勝ち抜き「CSR調達」選手権!

2009年11月 2日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

もう11月かぁ。早いですねぇ。1カ月すれば師走です。年内に目鼻をつけようと思っていることのひとつに、自転車マニアの小生、古い旅行用自転車のレストア計画があります。長らく温めてきたのですが、腕利きのビルダーさんを近所に見つけて動き始めました。えーと、ロゴをこうして、変速機は××にして。。。突如、グぅフフフ、と不明の笑みを浮かべ家人に気持ち悪がられている充実した毎日です。

ところで、こんところCSR調達についての取材依頼が何件かまとまってありました。小生「グローバルCSR調達」なる本を出していて、類書がないためでしょうか。トヨタさんがCSR調達に乗り出したこともマスコミの関心を高めている一因のようです。

今は昔、2002、2003年ごろCSRをグローバルに広げる推進力は何だろう、とよく議論しました。多くの人はSRIを挙げておられましたが、小生は、むしろCSR調達に力強さを感じていました。市民団体の圧力が直接働いていること、途上国の中小企業まで巻き込むこと、などのためです。他方SRIはこの双方を欠いていた。もっとも、その後SRIの評価基準の中にCSR調達への取組みが組み込まれたりして両者の補完関係が進んだことは皆さまご存じのとおりです。

当時は日本企業さんにとってCSR調達コトハジメみたいな時代でした。「フジイさん、こんなの来たけど、どうすればいいの?」って。拝見すると、誓約書なわけです。製品のサプライチェーンを通して児童労働や強制労働がないことを誓約せよ、といった内容が典型的。小生も知恵がなくて一緒になって途方に暮れてました。調べてみて次第にわかってきたことは、実は取引先がCSR調達の誓約書にサインを求めてきている事実を欧州本社が把握している日本の会社はまだマシな方だということです。多くの場合、販社のレベルで気軽にサインしていた。ある日突然、取引先から「誓約書に基づいて中国の御社の工場に監査に入ります」という通知がきて上を下への大騒ぎというのが、むしろ標準的な姿でした。

もう時効だからいいと思いますが、某有名非欧州企業が大々的にCSR調達を始めるということを、その企業のCSR担当が仲良しだったんで、事前に教えてくれたんです。

A氏「トシ(親しい外国人は小生を「トシ」と呼びならわします)、今度うちCSR調達やることになった。大規模だよ。」

トシ・フジイ「どれどれ、ふむふむ。こりゃすごいな。コスト随分かかるんじゃない?なんでそこまでして。」

A氏「もちろん、企業理念っていうのはあるんだけど、まあ正直言えば、○×社(CSRに熱心なイギリス企業)がCSR調達を取引条件にしてきたんで、もうやるしかないんだ。どうせやるなら本格的にやろうと本社が決断したというわけ。」

これはCSR調達が欧州企業から非欧州企業に伝わる際の典型的なメカニズムの事例であります。で、このA氏の会社は多くの日本企業から製品を調達しているわけです。一種のドミノ倒しです。「こりゃ逃げられない」と、勉強しはじめた次第。

そんなこんなで、今でも時折企業さんからご相談にあずかります。だから、ある程度わかっているつもりでいます。CSR調達を立案し実行することがいかに難しいか。関連部署との気の遠くなるような調整、とりわけ権力中枢である人事部が抵抗したりするとこれはもう大変。なにせ出てくるのは「児童労働?しょうがねぇだろ。」っていう出世コースに乗ったオジサマ方ですからね。ヨーロッパ企業ではありえない苦労をしなければいけない。CSR調達はCSR担当の最も劇的なドラマであり、プロジェクトXなのであります。

ということで、新企画「ブランド対抗、勝ち抜き『CSR調達』選手権」の初日第1試合です。ユニクロさんにご登場願います。ただ、相手は「労働基準?お上の仕事だろが」っておじさんが社内には一人もいない(かもしれない)北欧企業のH&Mさん(北欧のCSRについては「北欧流CSRを考える(前半)」、「同(後半)」をご参照ください)。ユニクロさんには、やや気の毒な組み合わせですが。国内業界一人勝ちのパワーと、今朝もパリ・オペラ店開店感謝号のチラシが入っていましたが、アウェーでも頑張っておられる気合いで、健闘を祈りたいですね。では、両社(ユニクロさんは親会社のファーストリテイリングさん)の本年10月11日時点で最新のCSR報告書に記載された内容を比較評価してみたいと思います。NGO目線で。

え〜、まず。ユニクロさんの報告書です。「生産工場の労働環境モニタリング」という見出し。中身は日本企業らしく和風でさっぱりしてます。例えば、サプライヤーの所在地域ですが「中国をはじめアジア地域を中心」と簡潔に記載されています。人権NGOさんならミャンマーにサプライヤーがいるのか、といった点に関心が向かうと思いますが、報告書からはわかりません。

サプライヤーさんが守るべき内容を記した行動規範(コードオブコンダクト)の内容については大まかなモニタリング項目名がシンプルに紹介されています。一般読者の関心にあわせてコンパクトにまとめられたのだと拝察いたします。ただ、NGOやSRI評価機関がプロの目で評価しようとすると、なかなかしんどい。たとえば、賃金水準ですが、「賃金と諸手当」という項目が行動規範に含まれていることはわかります。しかし、賃金基準の評価は、生活給を求めているのか、業界平均給を求めているのか、それとも法定最低賃金でよしとしているのか、そういった点にも依存します。こういった情報は開示されていないようです。労働時間についても同じです。残業時間の上限をどのように設定しているのか等の細部がわからなければ、第3者にとって情報としての価値は残念ながら限定的です。

サプライヤーさんが行動規範を遵守しているかどうかのモニタリングについて、対象は「誓約書にサインした主要縫製工場」となっていますが、誓約書にサインしない工場にはどのように対処をしているのか、「主要」ってどういう基準でどの程度の割合をカバーしているのか、このあたりは不明です。また、近時モニタリング基準を見直したとありますが、モニタリング基準が見あたらないので、これも情報として意味があるかは微妙。

以上、報告書からユニクロさんがCSR調達に取り組まれていることはわかります。ユニクロさんのことですからきっとしっかりと取り組まれているのだろうと思います。ただ、何分「思う」としか言えないことが残念。

他方、H&Mさんの報告書です。アパレルでCSR調達といえば、なんといってもナイキさんが有名で、同社は全サプライヤーの名称と所在地を公開するなどCSR調達のトレンドセッター的な存在になっています。それに比べるとH&Mさんの報告書の情報量は特別豊富という感じはありませんが、それでも透明性好きな北欧の気風は十分に感じられます。

ユニクロさんの報告書で疑問に感じたこと、H&Mさんの報告書には一点を除きすべて回答されています。たとえば、全サプライヤーがCSR調達の一定の基準を満たす必要があり、かつ監査の対象となっています。「誓約書にサインしたところ」といった限定はありません。一点というのは、サプライヤーの所在国でして、ユニクロさんと同様、情報はありません。

ただ、おそらく最も強調すべき差異は、H&MさんのCSR調達はユニクロさんの一世代先を行っているということだろうと思います。もちろんサプライヤーのモニタリング自体容易なことではありませんが、依然として出発点です。その先に行けるかどうかが問われる。「グローバルCSR調達」(日科技連出版)から引用させていただきますと、

「監査(モニタリング)は対策の入り口としての健康診断であり、次に続く治療があってはじめて健康体が維持される。さらに予防対策で問題そのものを起こさなくできれば万全だ。管理体制づくりは手段であり、目的は経営のなかにCSRの要素を取り入れ現状を改善するパフォーマンスをあげることである。」

なぜならば、これも同じ拙著からの引用ですが、サプライヤーはこんな現実に直面しているからです。

「当社ではあらゆる製品についてデザインができてから製品がサンフランシスコの店舗に並べられるまでのリードタイムは45日と決まっている。サンフランシスコの本社は香港にいる我々に圧力をかける。もし手違いがあれば、もし遅れが生じたら。もちろん中国にいるマネージャーは従業員を一日14時間働かせている。そのことが正しいと言っているわけではない。しかし、何がかかっているか考えてほしい。もし納期に間に合わなければ、マネージャーは全ての貨物を自費で空輸しなければならない。飛行機で運ぶんだ! アメリカ向けのシャツをコンテナに積む日の前日夜10時、マネージャーはまだ工場にいる。電話がかかってくる。梱包用の箱が足りない! ありとあらゆる問題が起こる。あなたならどうする? 従業員に寮に帰ってよいというだろうか。注文全体の利益が雲散しかかっているときに。納期に遅れれば罰則があり、空輸費用を払い、評判は地に落ち、次の契約はない。従業員は職を失う。It's crazy!」

納期を短くし、頻繁に製品仕様を変えるような調達は、サプライヤーに大きな負担をかけます。このような調達側の「無理難題」をこなすためにサプライヤーは工員さんに低賃金や残業を強いる、といったこの構造を変えるためには、調達する側も変わらなければいけない。サプライヤーの行動を規律するのみならず、サプライヤーに過度の負担をかけないよう、調達側も自らを律することが次世代のCSR調達の要件です。

そのような「次世代」の取り組みをH&Mさんは「Integrating CSR in Purchasing」と銘打って報告しておられます。Pre-order product development planというサプライヤーが製造しはじめてから製品仕様が変わることのないようにする仕組みが説明されています。ポイント高いです。

CSR調達はダイナミックに進化しています。サプライヤー行動指針を作成→監査をする→キャパビルをする→調達行動そのものを改善する、と。CSR報告書を読むにあたってこの点に注目していただくと、色々興味深い発見があるかもしれません。

ということで今回はH&Mさんに軍配があがりましたが、日本人の一人としてユニクロさんに期待するところ大であります。ユニクロさんの次のCSR報告書、楽しみにしておりま〜す。では、次回は12月に。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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