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藤井敏彦の「CSRの本質」

企業の社会的責任(CSR)とは何なのか。欧米と日本を比較しつつ、その本質を問う。

ロジカルシンキングCSR − BOPビジネスとCSRを混同しないために

2009年12月 7日

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら

残すところ一ヶ月。2009年はたぶん二度とやってこない。ということで、小生思い切って何年かぶりに水泳の競技会に出てまいりました。「か弱いインテリ」というイメージ差別化戦略でマッチョな霞ヶ関をしぶとく生き抜いてきましたが、「インテリ」が嘘八百の偽装であることは皆様先刻お察しのとおり。でも「か弱い」はそのまんま。実際、健康増進のため週に一度泳ぐことにしてはいるのですが、ご一緒させていただいている皆さんがグイグイ泳いでおられる中、シャチの群れに紛れ込んだフグよろしく翻弄されながら漂っております。さて決戦の場は千葉県国際総合水泳場。スタートの時の緊張感とか、入水してイチ、ニィ、サンッでパワー爆発したらシィ、ゴ、ロクゥゥ…でコト切れちゃったとか、やっぱり本番ならでは。とっても楽しく、情けなかったです〜。

さてさて、CSRの方ですが、ご縁があって「国際開発ジャーナル」さんにBOP(Bottom of Pyramid)ビジネス論について寄稿させていただきました。タイトルは「独り歩きする美しいBOP−社会貢献・利益追究の混同は危険」。いかにもフジイチックなお題と思われるかもしれませんが、このナイスなセンスは編集部さんのもの。大きな反響をいただきました。ご関心の向きは同誌10月号をお手にとってみてくださいませ。2009年はBOP論、開発問題を題材にして「ロジカルシンキングCSR」で締めくくります。水に乗れなかったぶん調子に乗って。

経営コンサルさん御用達用語ですが”MECE”ってご存じでしょうか、”Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive”の頭文字をとった略語です。対象となる世界を「重複も余すところもなく」サブグループに分割することを指します。例えば、顧客セグメントを(1)年収500万円以上の男性、(2)年収500万円未満の男性、(3)年収400万円以上の女性、(4)年収400万円未満の女性に分ける場合、この項目は”MECE”であると言えます。ロジカルシンキングの基礎となる手法です。

会社が社会になしえる貢献は次のように分けると一応MECEになります。

  1. 事業そのものを通じた貢献
  2. 事業のやり方を変革することを通じた貢献
  3. 事業の結果得られた利益を社会に還元することを通じた貢献

「事業そのものを通じた貢献」とは、お客様により良い商品をより安く提供することや、雇用や納税といったこと。企業が利益を追究する活動を行う過程で社会に及ぼすプラスの影響です。社訓が主にカバーする領域。二番目の「事業のやり方を変革することを通じた貢献」はヨーロッパの言うところのCSRですね。三番目は植林や寄付等の社会貢献、フィランソロピーに相当する部分ですね。

しかるに、BOPビジネスとは、一人あたり所得が非常に低い地域で展開するビジネスのことです。近代的ビジネスが貧困層を顧客とした市場に参入すれば、その国に直接投資の流入をもたらすわけですが、効果は雇用機会の拡大にとどまりません。貧困地域は一般に豊かな地域よりもモノの物価が高いと言われています。貧困状況の中における高コスト構造という歪んだ実態は、近代的ビジネスの不存在が大きな理由です。それでなくても低い人々の所得を実質値でさらに押し下げている。近代的ビジネスが入れば必要なモノやサービスがより安価に手に入るようになり、人々に新しい機会を開くとともに、実質所得が増大することが期待されます。例えば、従来、人々の手が届く遠隔コミュニケーションの手段がほとんどなかった貧困地域で携帯電話が手軽に使えるようになったことは、イギリスのエコノミスト誌が「携帯電話主導型開発(mobile-led economic development)」と言い表すまでの大きな変革をもたらしています。

開発コミュニティにおいてBOPビジネスに熱い視線が送られている所以です。ここで先ほどのMECEによる三分類に目を戻してください。BOPビジネスの開発問題への効用は、新サービスの提供、価格引き下げ、雇用いずれをとっても最初の項目「事業そのものを通じた貢献」です。

BOPビジネスとは、つまり、利益動機に導かれた普通のビジネスです。もちろん、BOPでビジネスを展開することはその市場特性故に先進国市場にはない多大な困難が伴いますが、ただ、あくまで企業の成長と利益のためになされるものです。アフリカやアジアにおける携帯電話サービスは、前例のない様々な新しいビジネスモデルの実践によって初めて成功したわけですが、それにしても、それは社会貢献として始められたものではなく、CSR活動の一環でもありません。

BOPビジネスを社会貢献やCSRと混同することを是非避けなければいけません。C.K.プラハード先生は御著書「ネクスト・マーケット」の中でこのように言っておられます。

「(BOPビジネスは)今後のコアビジネスの一部となると考えるべきで、CSRを担当する部門にまかせてはならない。」

もちろん、BOPにおける社会貢献やCSRは存在するし、重要な課題です。CSRについて言えば、BOPでビジネスを行うにあたり、貧困社会特有の様々な社会的環境的制約を踏まえてビジネスプロセスを工夫することは不可欠なことです。この点、小生、拙著「アジアのCSRと日本のCSR−持続可能な成長のために何をすべきか」で強調したポイントのひとつです。BOPにおける販促手法として知られている小袋販売について次のように記ました。

「調味料のような製品を考えれば、貧しい人々の手が届くようにするためには、小分けにし、製品単価を下げることが有効である。このことによって人々は従来手の届かなかった製品・サービスを手にすることができる。また、途上国においてビジネスが展開され、多くの人に働く機会が提供される。貧困問題の解決に資するだろう。
しかし、同時にリサイクルなどまだ先の先という土地で小袋販売をすることは、そのビジネスモデルが成功すればするほど環境汚染を引き起こすことを意味する。このような企業活動の二面性、すなわち、事業を通じて社会的課題の解決に貢献する一方で、みずから問題をつくり出してしまうという二面性、を認識することが、CSRを理解するためには不可欠である。」
出典:「アジアのCSRと日本のCSR−持続可能な成長のために何をすべきか」(日科技連出版社)

「BOPでビジネスをすること=CSR」ではありません。「BOPでビジネスをする際に、そのやり方を工夫することで社会問題や環境問題に対処すること」がBOPにおけるCSRです。

さらに、プラハード先生はこうも仰っています。

「貧困を解決する鍵は、巨大なスケールの企業活動なのだ。」(強調は筆者による)

BOPビジネスを社会貢献の一部だと考えると、その規模は随分と小振りなものになってしまうでしょう。

MECE思考は大切です。

MECE思考が力を発揮する例をもう一つ。よく、「植林はCSRではないと言うが、植林のどこが悪い」といった御意見を耳にします。植林事業そのものの是非と会社の社会への貢献をどうMECEに考えるか、という二つの問題が混同されていることに起因するように思えます。

植林そのものが悪行だという批判はないと思います。そうではない。ただ、欧米のSRI調査などで「御社の発展途上国におけるCSRの取り組みについて教えて欲しい」と問われた場合、MECE三分類の中の「事業のやり方を変革した」例を教えて欲しいということを意味することが多いですから、植林事業で回答するとすれば、質問と回答がすれ違っていることになります。英語の授業の時間に算数の宿題の回答を披露するような感じでしょうか。答えがどんなに素晴らしくても、成績向上にはつながらないでしょう。

もう一度MECE分類。

  1. 事業そのものを通じた貢献
  2. 事業のやり方を変革することを通じた貢献
  3. 事業の結果得られた利益を社会に還元することを通じた貢献

二つのことを申し上げたいと思います。
ひとつは、社会や環境の問題には、その問題の性格や規模に応じて上記三つの中からふさわしい会社の貢献のタイプがあるということです。

途上国における貧困問題は、社会貢献が手に負えない大きな問題です。事業を大規模に展開して「事業そのものを通じた貢献」をすることが渇望されています。先進国における非正社員の方の不安定な生活の問題は、企業が従業員の処遇方法という「事業のやり方を変える」ことで改善されます。砂漠における緑化の推進のためには企業の「社会貢献」は大きな力になるでしょう。問題に応じ処方箋はちがいます。

さらに、「植林しているから当社のCSRはOK」という考え方も、「貧困地域でビジネスをすることは社会貢献」という考え方も、単なる思考の混乱の産物という以上の問題を内包しています。

「植林しているから我が社のCSRはOK」という考え方をすれば「事業のやり方を変える」ことの必要性に目がいかなくなります。事業のやり方を変えない限り解決されない問題が仮に存在したとしても。また、企業を評価する際にも同じことが言えます。以前、「新エコ・マーケティング戦略:『贖罪エコ』」の回にとりあげたボルヴィックさんの社会貢献ですが:

「いまボルヴィックは、ボルヴィックの売り上げの一部で、ユニセフの活動を支援しています。それはアフリカで飲料水を確保するための井戸づくり、及び10年間に渡るメンテナンスを行うこと。お客様のお買い上げ1リットルあたり、10リットルの水がアフリカの井戸から生まれるのです。」
(出所:http://www.volvic.co.jp/1Lfor10L/about/index.html

素晴らしい社会貢献です。他方、水源地域の環境破壊問題等、ミネラルウォーターメーカーに「事業のやり方」の変更が求められている問題についてどのような取り組みがなされているのかは、別の問題として問われなければいけない。そうでなければ、社会貢献が企業と社会の関係全般についての免罪符になってしまいます。ボルヴィックさんのCSRは社会貢献とは切り離して評価されなければいけません。

「貧困地域でビジネスをすることは社会貢献の一環」という発想をすれば、先に述べましたが、BOPは企業における大きな投資判断の外に置かれてしまいます。結果として、貧困問題の改善は先送りになってしまいます。

MECEアプローチで考えることは単にアタマの整理のためだけに必要なのではありません。全体の絵を見渡して「見落としていること」に気づくために必須の作業だと思います。「善行」を前にすると我々はやや情緒に流れてしまい、大きな絵を見失ってしまう傾向が少しあるかもしれません。

論理的思考といえば、開発問題にご関心の向きに年末年始用読書にお奨めの一冊を紹介して終わりたいと思います。アフリカ研究の第一人者、平野克己さんの新著「アフリカ問題 開発と援助の世界史」(日本評論社)。読み進みながら「なるほど、そうだったのか」と感嘆すること数知れず。CSRについても深い洞察が記されています。しかも美文。著者の平野さんと会話しているかのように楽しく読めます。

なにかと気ぜわしい時期ですが、皆様くれぐれもご自愛くださいませ。ちょっと早いですが、本年もご愛読いただきありがとうございました。来年も引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。小生も最後の力を振り絞って加速。スムースで美しいクイックターンで2010年に折り返す所存であります。

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プロフィール

1964年生まれ。経済産業研究所コンサルティングフェロー。経済産業省通商機構部参事官。著書に「ヨーロッパのCSRと日本のCSR-何が違い、何を学ぶのか」、共著に「グローバルCSR調達」がある。

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