改めてさらばわれらがビル・ゲイツ、もしくはマイクロソフトのクラウドOSへの遠い道のり
2008年5月21日
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今から二年前、メールマガジン週刊ビジスタニュースに「されどわれらがビル・ゲイツ」というお題で原稿を依頼されました。そのときは「ビル・ゲイツねぇ」と正直ピンとこなかったのですが、原稿がウェブに公開された直後、彼が二年後にマイクロソフトの経営の第一線から退くことを発表し、ひっくり返ったのを覚えています。
慌てて「さらばわれらがビル・ゲイツ」という文章を書きながら、彼が引退を発表する前に、「ギークのゲイツが10年以上にわたり世界一の富豪であり、常に後に続くギーク達の敵役の座を占めてきたことは、プログラミングなど解しないスーツがその座にとってかわることを思えば、実は幸福なことだったのではないか」という言葉で彼を称えられたことをありがたく思ったものです。
そしてその二年も経ってしまえばあっという間で、来る7月の引退まで残り時間はわずかとなりました。その間、ビル・ゲイツが公の場で何かやるたびに「これが最後」という枕詞がつくことが多くなりました。
その一つである、今年はじめの International CES 最後の基調講演後の CNET のインタビュー(前編、後編)で、ゲイツがしきりに「クラウド(Cloud)OS」という表現を連呼しているのに驚いた覚えがあります。個人的にはこのインタビューがあまり話題にならなかったことも驚きでしたが、ゲイツはマイクロソフトに巨万の富をもたらした既存の OS ビジネスをはっきり変えることを語っていたわけです。
その彼のヴィジョンを継承するのがチーフソフトウェアアーキテクトを務めるレイ・オジーであり、彼は先月サンフランシスコで開かれた Web 2.0 Expo において、「クラウドOS」に向けた重要な一歩となる Live Mesh を発表しました。
Live Mesh の解説は石橋利真さんのレポートを参照いただくとして、果たしてこれが例えばポール・グレアムの「マイクロソフトは死んだ」という評言を覆し、Web 2.0 時代の覇権を確かにしつつある Google に待ったをかけうるのでしょうか。
元マイクロソフト社員でもあるジョエル・スポルスキーは、Architecture astronauts take over という文章で Live Mesh 並びにレイ・オジーを激烈に批判しています。
ここで注意しなければならないのは Architecture astronauts(アーキテクチャ宇宙飛行士)という表現で、これはかつて彼が作り出した造語であり(日本語訳は書籍『Joel on Software』で読めます)、現実のアプリケーション、機能よりもアーキテクチャ自体に夢中になる人たちを揶揄するものです(彼は後にこの言葉に絡めて、「私は、人々がWeb 2.0という語を使うのを聞くと、その日一日、自分が少し愚かになった感じがする」とも書いています)。
Live Mesh って結局はファイルの同期だろ。ウェブ経由の同期サービスなんて既に無数にあるじゃないか。何故かといえば、所詮同期サービスなんてキラーアプリじゃないからだ。大体これを作ったレイ・オジーは、マイクロソフトに買収されたことが最高の成功だった Groove でも同じことをやってただろう。つーか、奴は5~7年毎にこのダメアプリを作り直し続けるアーキテクチャ宇宙飛行士じゃないか――ジョエル・スポルスキーは舌鋒鋭く Live Mesh を批判します。
同期サービスの範囲が Windows PC のファイルやデータに留まるなら、彼の批判の通りかもしれません。しかし、Live Mesh が FeedSync という双方向フィード技術(仕様は CC ライセンスで公開されています)を基盤とし、RSS などのウェブ標準の知識があればアプリケーションを作れることで開発者を引き付けようとするオープンな姿勢は注目に値します。
Tech Crunch のエリック・シェーンフェルトは、Live Mesh のアプローチを、すべてをブラウザに収めようとする Adobe Air や Google Gears と比べ、自由にウェブにアクセスする能力はそのままにクライアントベースのアプリケーションの優位性を再構築する試みと評しています。これが現在、クライアント OS の分野で圧倒的なシェアを誇る企業の誠実な落としどころなのでしょう。
スティーヴ・ギルモアは更に踏み込み、Silverlight と Live Mesh の組み合わせによるネットワーク OS 化、Amazon Web サービスとの連携について開発責任者から前のめりなコメントを引き出しています。
ジョエル・スポルスキーが書くように Live Mesh がかつての HailStorm のような「お呼びでない」試みで終わるとは個人的には思いませんが、多くのウェブ開発者をひきつけ、結果 Windows のクラウド OS 化を実現できるかというとそれにはまだ破壊と創造が必要なんだろうな、と少し気が遠くなります。
そういえば少し前にジョエル・スポルスキーの『ソフトウェア開発者採用ガイド』が刊行されましたが、この本の原題は『Smart and Gets Things Done』で、(彼の意図するところではないでしょうが)この「頭が良いだけでなく、何としてでも目に見える形で成果を出すまでやり遂げる」というのは、当方がマイクロソフトの技術者に対して持つイメージそのものでもあります。
(その攻撃性を疎ましく思う気持ちは拭えないとはいえ)そうした企業文化を作り上げ、億単位のユーザを抱えることの責任を引き受けてきたビル・ゲイツに今一度感謝の念を示したいと思います。
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