アマゾン川のビットの流れの移り変わり
2008年2月20日
日本ではそれほど報道されませんでしたが、海外のウェブサービスを利用している人は、先週末の Amazon Web サービスのダウンにより、Web 2.0 スタートアップの多くが Amazon S3 サービスに依存していることに気付いたかもしれません。その中で最も日本人ユーザが多いのは Twitter でしょうが、Twitter は普段から結構不安定なので、それほど違和感を感じなかったかもしれません(笑)
シロクマ日報で小林啓倫さんが、「"Amazon S3"という発電所の停止」というエントリを書いていますが、IT doesn't matter を発表した2003年には激しい反発を受けた「IT はユーティリティー・サービスとなる」というニコラス・G・カーの主張の方向に着実に進んだ現実を見ることができます。
この主張を押し進めた彼の話題の新刊『The Big Switch: Rewiring the World, from Edison to Google』は、翔泳社が版権を獲得しているそうなので、もし邦訳が出たらそのときに改めて取り上げるつもりですが、今回のトラブルは「ユーティリティー・サービスとしてのIT」を実現するのに通らざるをえない道なのでしょう。
ニック・カーは今回の Amazon Web サービスのダウンの前にも、Amazon's river of bits という Amazon.com という企業の変化についての興味深いエントリを書いています。
Amazon は未だに「世界最大のインターネット書店」などと説明されることが多く、事実その通りなのですが、この数年単なるオンラインショップに留まらないテクノロジー企業としての側面を強めてきました。
これも日本では提供されてないものが多いのがアレですが、動画オンデマンド配信サービス Amazon Unbox や DRM フリーの音楽配信サービス Amazon MP3 を立ち上げ、無線機能付き電子書籍リーダ Kindle の販売を開始しており(先月末にオーディオブックの販売会社である Audible の買収を発表しましたが、これも Kindle のサービス強化につながるのでしょう)、小売業だけでなくデジタルデータ販売のシェア獲得に大きな力を割いています。
そして、個人向けのサービスや製品以上に重要性を持つのが、Amazon Web サービスと総称されるもので、ティム・オライリーがバイオニック・ソフトウェアと評した Amazon Mechanical Turk は少し毛色が違う印象がありますが、オンラインストレージサービス Amazon Simple Storage Service(S3)、仮想化技術を利用してサーバコンピューティング環境を提供する Amazon Elastic Compute Cloud(EC2)、そしてその S3 や EC2 と連携するデータベースサービス Amazon SimpleDB の三つは、今年のエンタープライズ向けバズワード「クラウド・コンピューティング」を語る上で欠かすことができません。
思えば当方が Amazon のテクノロジー企業へのシフトを意識したのは、梅田望夫さんの「コンピュータ産業のパラダイムシフトを象徴するアマゾンの戦略」を読んだ2004年の初頭でした。
Amazon が1995年の創業から最初の5年間かまったく利益をあげられなかったことはよく知られていますが、2003、4年といえばそうした倒産の懸念(!)は払拭されつつあったものの、企業としての変わらぬ拡大路線もあり、ワタシも飽くまで小売業のイメージで Amazon を見ていました。
しかし、既に当時ジェフ・ベゾスの頭の中には、単なる取り扱い商品分野の拡大だけではない次の戦略があったことになります。この人が天才なのは間違いありませんが、江島健太郎さんも書くように大変な熱意と嗅覚を持った努力する天才なのでしょう。
ニック・カーは、前述の Amazon's river of bits の最後で、Amazon Web サービスと既存の小売業ビジネスがいずれ競合、衝突を起こすことを危惧しています。そのあたりをジェフ・ベゾスも気付いていないわけもないでしょうが、そろそろ「テクノロジー企業としての Amazon」を軸にした書籍の刊行が待たれるところです。でも、ジェフ・ベゾスのインタビュー自体長らく読んだ覚えがないので無理でしょうか。
今回は Amazon Web サービスを取り上げましたが、このあたりをメインターゲットにしたワタシが知る限り最初の書籍である『Programming S3, EC2, SQS, and FPS』がオライリーより来月刊行されます。さすがオライリーと言うべきですが、不謹慎ながら、今回の Amazon S3 ダウンはこの本の売り上げにも好影響を与えるのではないか、と思ったりしました。
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