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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

オーランチオキトリウムが、日本を産油国にする(1)

2011年2月25日

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2010年12月、「オーランチオキトリウム」という聞き慣れない生物が新聞やネットのニュースで大きな話題を呼んだ。これは、オイルを作る藻類の一種で、従来よりも10倍以上高いオイル生産能力を持つという。バイオ燃料はいったいどこまで実用化に近づいているのか? バイオ燃料を長年研究してきた、筑波大学大学院の渡邉信教授にうかがった。

燃料としてそのまま使えるオイルを作る「オーランチオキトリウム」

オーランチオキトリウムは、ラビリンチュラという従属栄養生物の一種。光合成はせず、有機物をエサとして取り入れる。

──オイル生産効率の高い藻類「オーランチオキトリウム」の新しい株を発見されたと2010年12月に発表されましたね。2010年4月の記事(ブルームバーグ)では、「ボトリオコッカス」を使った場合、燃料1リットル当たり約800円になってしまうとおっしゃっていましたが、研究でどういう進展があったのか教えていただけますか?

地上植物に比べて、藻類のバイオ燃料生産効率が高いことが広く知られるようになってきました。トウモロコシの場合は1ヘクタール当たり年間0.2トン、大豆は0.5トン、アブラヤシで6トン。これに対して、藻類のボトリオコッカスですと、最大で100トン以上にもなると試算されます。

──藻類は、他の作物に比べて圧倒的にオイル生産効率がよいのですね。

しかし、一番パフォーマンスがよい開放系のプール培養を仮定したとしても、藻類のボトリオコッカスから取れるオイルは1リットル当たり155円、閉鎖系のリアクター培養ですと800円にもなり、原油の数倍から10倍になってしまう。これでは事業として成立しません。生産効率を1桁は上げる必要がありました。

光合成を行って、炭化水素を産生するボトリオコッカス。

そのために取った方策は2つです。1つは、ボトリオコッカスの持っている能力を今の10倍に強化することで、遺伝子組換えや品種改良を行います。

もう1つは、ボトリオコッカス以外の優れた藻類を探索することです。

現在、オイルを作る藻類は20種類ほど知られていますが、炭化水素を作るのはボトリオコッカスくらいで、他の藻類はトリグリセリド、つまり中性脂肪を産生します。炭化水素であれば、それほど手間を掛けずに石油の代わりとして使えるのですが、トリグリセリドはそのままだと燃料として使えません。トリグリセリドをそのまま自動車に使おうとすれば、低温でエンジンの中で詰まったり、エンジンを錆びさせてしまったりする。せいぜいガソリンに1〜2%混ぜるといった使い方しかできないのです。

──トリグリセリドに水素を化合させて、軽油と同等にする技術も開発されています。こうした技術を使うことはできないのでしょうか?

そうした技術には多くの企業がチャレンジしており、有望な技術ではあると思います。しかし、変換のためにはエネルギーもかかりますし、安価な触媒も開発する必要があります。最初から炭化水素を作る藻類があれば、それに越したことはありません。

──ちょっと不思議なのですが、どうして炭化水素を作る生物がいるのでしょう? 生物にとって、炭化水素はあまり相性のよくない物質だという印象があるのですが。

それがそうでもないんですよ。例えば、私たち人間を含む生物にとって重要なステロール(コレステロールやステロイドホルモン等々)の前駆体(前段階の物質)は、炭化水素です。普通の生物は、炭化水素を貯め込まずにステロールへと変えてしまうのですが、ボトリオコッカスはこれを炭化水素のまま貯蔵します。この2つの代謝経路は途中までまったく同じで、たった1つの酵素の違いで分岐しているのです。

──しかし、どうして炭化水素を蓄積しようとするのでしょう? この炭化水素は何かの役に立つのでしょうか?

炭化水素を体内に蓄えることで、浮きやすくしているのではないかという説がありますね。よい例が深海サメです。サメは他の魚類と異なり、浮力を得るための浮袋がありません。では、どうやって浮力を得るのかといえば、肝臓にスクアレンという炭化水素を蓄え、これで浮力を調整しているのです。ちなみに肝油の材料というのがスクアレンですよ。スクアレンは、最終的にステロール系の物質に変換されて体内で使われるのですが、ボトリオコッカスの作る炭化水素、ボトリオコッセンは体内で使われることなく、最終的には体外に排出されます。

体外に排出するのは無駄なようですが、余分なエネルギーを外に逃がすことで体内バランスを調整する役割を果たしているのかもしれません。もっとも、これらはすべて仮説にすぎませんが。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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