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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

臭いアンモニアから、明るい未来が見えてくる(2)

2011年1月28日

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常温常圧でのアンモニア合成手法を求めて

──どういう取り組みがなされてきたのでしょう?

1960年代に、ルテニウムと窒素分子を組み合わせた窒素錯体(金属と非金属が結合した化合物)が合成され、70年代にはモリブデンやタングステンの窒素錯体を使ってアンモニアを合成する手法が開発されました。これらの金属錯体を硫酸などの無機酸と反応させることで、常温常圧でアンモニアを合成できることが確認されました。

しかし、これらの金属錯体を使った方法は化学量論反応、つまり材料となる金属錯体は一度使ったら元には戻らないため、大量生産のプロセスにはできません。

1998年、私が助手として在籍していた東京大学 干鯛眞信教授の研究室では、窒素とタングステンの錯体と、それに水素とルテニウムの錯体、つまりハーバー・ボッシュ法の組み合わせである小分子を別々に活性化させて反応させ、常温常圧でアンモニアを合成しました。この成果は「Science」にも掲載されるほどのインパクトがありました。

──錯体を作るにもエネルギーは必要になりますよね?

もちろん、錯体を作るためには手間はかかりますが、錯体自体は常温常圧で作れますから、エネルギー消費はそれほど大きくはありません。問題は、この反応もやはり化学量論反応だということ。金属に配位した窒素分子と水素分子しか反応せず、反応が終わるとルテニウムとタングステンは別の錯体になるため、1回反応が起こったらそれで終わりなのです。

2004年には、当時私が在籍していた京都大学植村研究室と吉田善一名誉教授らのグループで共同研究が行われました。サッカーボール状の構造を持った炭素の同素体C₆₀フラーレンを糖の一種で包んだ「フラーレン超分子錯体」を作り、これと窒素分子に光を当てることで、常温常圧でのアンモニア合成を実現したのです。この手法は金属をまったく使わず、炭素と水素、酸素でできた化合物からアンモニアを合成する最初の例となり、「Nature」に掲載されました。ただし、これもやはり1回だけの化学量論反応です。

──繰り返し使えるプロセスにする必要があると。

そうです。触媒を使ってサイクルを回し、窒素分子を何回でもアンモニアにする方法を開発する必要があります。今までの成果をベースとして2005年から研究を始め、ようやく形になったのが今回の手法というわけです。今回は、ピンサー配位子----ピンサーというのは挟み込むという意味ですが、このピンサー型配位子を使ったモリブデンの窒素錯体を用いると、触媒サイクルが何回か回る反応が見つかったのです。

──窒素を供給すればアンモニアができるということですか。しかし、それでは水素はどこから供給するのでしょう?

もちろん、この窒素錯体に水素は使われていませんから、何らかの水素源を使わなければなりません。そのために用いたのはピリジンの共役酸(ピリジン誘導体)ですが、これはあくまでとりあえずの水素代替物です。

──別の物質を水素供給源にすることもできると。

最終的には、水を使いたいと考えています。

──電気分解して、水から水素を取り出すと言うことですか?

いえ、そうではありません。水はH₂Oで表されますが、H+(水素イオン/プロトン)、OH-(水酸化イオン)の形でも存在しています。プロトンを使うと、平衡状態を維持するためにH₂Oからプロトンが自然と供給されますから、電気分解する必要はありません。

──つまり、気体の水素H₂を使うのではなく、あくまでプロトンの供給源として水を使うということなんですね。

そうなります。今も、プロトン供給源として水を使う研究を進めていますが、まだ成功していません。次のブレークスルーは水をプロトン供給源として使えるようにすることでしょう。

今回の研究成果を説明する西林仁昭准教授。

根粒菌の反応にヒントを得る

──錯体にはモリブデンを使われていますが、なぜこの金属でなければならないのでしょうか?

窒素固定を行う、ニトロゲナーゼという酵素があります。レンゲソウなどマメ科の植物の根には根粒菌が存在していますが、それの持っている酵素がニトロゲナーゼです。最近の研究により、ニトロゲナーゼの詳細な構造がわかってきました。ニトロゲナーゼは、硫黄で架橋(橋かけ)した鉄やモリブデンからなる多角錯体構造を持っているのです。窒素分子をどうやって変換しているのか詳しいことはまだわかっていないのですが、モリブデンあるいは鉄が鍵になっているらしい。

──これまでの研究で、モリブデンやそれと同族のタングステンを使っていたというのは、根粒菌で行われている反応を真似しようというところから始まっているんですね。

そうですね、ニトロゲナーゼの働きをモデル化して、それを人工的に再現するというのが、発想の根幹にあります。

──モリブデンはレアメタルですよね。

はい、レアメタルなのでそこは課題ですね。ただ、レアメタルの問題は"工業製品"として使われている場合に物質を回収できないことにあります。"工業プロセス"で使う場合は工場から外に出て行くわけではないので、反応が終わったら回収できるんですよ。もちろん、鉄のように安い金属を使えるのならそれが一番ですが、工業製品の材料として使われて世の中に出ていくわけではないので、それほど大きな問題ではないと考えています。

──今回開発されたモリブデンを使った触媒は、何回も繰り返して使えるのでしょうか?

いえ、今回の発表はあくまでも学術的な成果であり、そこまでうまくは行っていません。将来の工業プロセス化につながるとは思いますが、そのためにはまだ色々な研究が必要になるでしょう。

今回の反応に使用した錯体の構造。

今回開発に成功した常温常圧の窒素ガスからのアンモニア合成反応。ピンサー配位子を有するモリブデン窒素錯体を触媒として、窒素ガスと還元剤及びプロトン源(水素源)を用いてアンモニアを合成している。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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