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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

臭いアンモニアから、明るい未来が見えてくる(1)

2011年1月28日

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強烈な刺激臭のするアンモニアは、実は世界にとって極めて重要な物質だ。空気中の窒素からアンモニア、アンモニアから化学肥料を作れるようになったことで、世界の食料生産能力は爆発的に増大した。そして今、東京大学の西林仁昭准教授らは、低エネルギーでアンモニアを合成する新しい手法を開発している。これが実現すれば、アンモニアをエネルギー源とした循環型社会を作ることも夢ではないという。

世界のエネルギーの数パーセントは、アンモニアを作るために使われている

畑などに咲いているレンゲソウ。マメ科植物の根には根粒菌が共生しており、根粒菌の持つニトロゲナーゼの作用で、窒素をアンモニアに変換できる。(Cc)写真撮影:しいな

──アンモニアの新しい合成手法を開発されたとお聞きしました。アンモニアといえば、化学肥料の材料として欠かせませんね。

はい、なぜアンモニアが重要かを簡単にご説明しましょう。

人間を含めて、あらゆる生物が生きていくためには窒素が不可欠です。タンパク質やDNAの構成材料でもある窒素は、生物にとって必須元素の1つとなっています。空気中には約80%もの窒素が含まれているのですが、生物は空気中の窒素を直接利用することができません。植物は土壌中のアンモニアや窒素化合物を根から吸収して有機化合物を合成し、動物はその植物を食べて窒素を取り入れて体内で化合物に変換します。ちなみに、マメ科の植物は共生している根粒菌の働きで窒素をアンモニアに変換することが可能です。このように、空気中の不活性な窒素を、反応しやすい窒素化合物に変換することを窒素固定と言います。

20世紀初頭、ハーバー・ボッシュ法というアンモニア合成手法が発明されて、化学肥料(窒素肥料)を十分に供給できるようになると、世界の食料生産能力は急増しました。20世紀最大の発明の1つと言われるハーバー・ボッシュ法はある意味完成された手法なのですが、最大の問題点は多大なエネルギーを消費するということにあります。ハーバー・ボッシュ法では、鉄系の触媒を使い、高温高圧の条件下で窒素と水素を反応させます。高温高圧にするために多くのエネルギーが必要なだけでなく、化石燃料から水素を取り出すためにもエネルギーが必要です。人類が消費している全エネルギーの数パーセントは、ハーバー・ボッシュ法に使われているとも言われます。エネルギー消費の少ない常温常圧でアンモニアを合成する手法は化学者が絶対取り組まないといけない重要課題の1つであり、今までにもさまざまな取り組みがなされてきました。

空気中の窒素は、根粒菌によってアンモニアに変換(窒素固定)され、植物に吸収される。動物は食物を体内に取り入れて、タンパク質などを合成する。

ハーバー・ボッシュ法は多大なエネルギーを必要とする。これに対して、根粒菌の酵素、ニトロゲナーゼは常温常圧でアンモニアを合成できる。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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