電力消費なし、レアアースなしの、超高密度ハードディスクが実現できる?(2)
2010年12月24日
ありふれた鉄には、秘密が詰まっている
──では、今回の研究はどういうところから始まったのでしょう?
私たちの研究グループは、元々走査トンネル顕微鏡(STM)を使って鉄磁石を研究していました。一般的な光学顕微鏡は対象に光を当てて、レンズで像を拡大します。これに対して、走査トンネル顕微鏡は原子レベルの鋭い針で、表面をなぞります。針の先端にある原子と試料の原子が1nmほど離れているのがミソで、非破壊の観察が可能です。走査トンネル顕微鏡によって、ナノスケールレベルで磁石の特性を知ることができるようになりました。STMを用いて磁石を研究できるチームは、私たちを含め、世界に5つしかありません。
2年前、ナノスケールレベルの鉄磁石の特性がよくわかっていなかったので、これをテーマにしてプロジェクトをスタートさせました。原子2層分しかない鉄ナノ磁石に対して、掛ける電圧を変えながら走査トンネル顕微鏡で観察しました。
プロジェクトの開始から半年ほど経った頃、不思議な現象が起こりました。強磁性(隣り合う各原子磁石の向きが同じ方向を向いて整列している状態)の鉄ナノ磁石に対して電圧をかけると、反強磁性(隣り合う各原子磁石の向きが異なる方向を向いた状態)に変わったのです。
最初は測定ミスではないかと思いましたが、丹念に調べると再現性があり、電圧によって強磁性←→反強磁性を切り替えられることもわかってきました。
──科学の教科書にも、電圧をかけるだけで磁石の向きを変えられるとは書かれていませんね!
磁場を使わず電界(電圧のかかった空間の状態)だけで磁場の方向を変化させられる、しかもレアアースではなく、鉄という身近な金属でそれができたということがポイントです。これはすごい発見なのではないかと、Nature Nanotechnologyに投稿したところ、すぐ掲載が決まりました。
──このような現象はナノスケールでしか起こらないのですか?
そうなのです。普通の鉄の場合、内部に伝導電子がありますから、電界の影響が内部にまで及びません。原子2層分というナノスケールだからこそ起こっている現象です。
ハードディスクの記憶容量が1000〜10000倍に?
──この現象は、そのままハードディスクに応用できますか? 現在のハードディスクだと1つ1つの磁石の大きさはこれほど小さくありませんよね。
現在のハードディスクでは、1つの磁石のサイズはだいたい50×100nm以上というところです。これに対して私たちが研究しているのは1×1nm。単純に考えて1000〜10000倍の高密度化ができる可能性があります。
ディスクに書き込むためのヘッドは、現行の技術でも作れるでしょう。現在でもヘッドとディスク面の距離は十数nm程度で、ここに乾電池より低い数V程度の電圧をかけるだけです。読み出すためのヘッドにしても、基本的には現行技術の延長で可能でしょう。そもそも、私たちの走査トンネル顕微鏡のように、原子レベルの磁場を読み取るための技術は20〜30年前からあるわけです。
──これほど微細な鉄ナノ磁石を、ディスク面に均一に並べることはできるのでしょうか?
現在のところは、銅の基板に鉄のナノ粒子をとりあえず付けただけで、実際のディスク面にするための研究はこれからです。今は、鉄ナノ磁石の薄い膜を作り、そこに書き込む実験を行っています。
──現行の磁性体には複雑な合金が使われていますが、鉄だけで実用化は可能でしょうか?
実用化するためには、酸化防止膜やヘッドがクラッシュしないようにする防止膜などを工夫する必要があります。そうした部分をクリアして、鉄原子層にだけ電界を掛けられるようにできるかどうかが課題でしょう。鉄ナノ磁石で安定的に情報を記録できるかといったことについても、まだまだこれから研究が必要です。
実は、電圧を掛けて磁石の性質を制御しようという試みは、私たちのような基礎研究だけでなく、デバイス開発企業などでも始まっています。現在の磁性膜でも、数百ボルトという電圧を掛けることで何か不思議な現象が起こるということは少しずつ知られるようになってきました。こうした応用と私たちの基礎研究がうまく融合すれば、研究も進展すると期待しています。
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