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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

合成生物学で、生物学は「見る」から「作る」へ(2)

2010年7月29日

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特定の物質を作ることに特化したバクテリアを生み出す

──自由にゲノムを作製できるということは、もう人工生物が作れると考えてよいのでしょうか?

板谷:それは違います。ゲノムを作製するには設計図が必要になりますね。部品の遺伝子だけあっても、それらを統合する設計図がないとただのDNAでゲノムにはなりません。ですから、ゲノムを部分的に置き換える設計から始まります。つまり、自然に学びながら研究を進めてゆくのが現実的です。

そのために、中東准教授らに協力していただいています。

中東:私の専門は、細胞の代謝系です。生物の体内では、取り入れたグルコース(糖)をピルビン酸にまで分解して、エネルギーを取り出しますが、このような化学反応を代謝、そして代謝の起こる経路を代謝系といいます。代謝は、生物の細胞内で大量に起こっている一番重要な化学反応です。

慶應義塾大学の先端生命科学研究所は、細胞内でどのような物質が生成されているのか、ある物質から別の物質に変化するスピードはどれくらいかといった分析を得意としています。この「メタボローム技術」によって、細胞内で起こっている反応をモデル化して、シミュレーションすることが可能になりました。

私が現在手がけている研究の1つは乳酸を作る経路です。

パルスフィールド電気泳動装置。電圧を左右交互にかけることで巨大なゲノムDNAを揺さぶり、大きさに従って分離解析する装置。この装置の発明なくして、ゲノム合成生物学の勃興はありえなかった。

──なぜ乳酸に着目されたのですか?

中東:乳酸の分子をつなげたポリ乳酸は生分解性のプラスチックとして工業利用できるということもありますが、大きな理由は乳酸を作る経路は代謝系の中では比較的単純で、エタノールやその他の物質に比べると分析が容易だからです。

乳酸を作る経路はほとんど明らかになっており、大腸菌自体の代謝系を利用して乳酸を作ることに関しては、やれることはやられているといえるでしょうね。実際に工業化する際には、もっと最終産物の量を増やすようにしたり、不純物をなくすようにする必要がありますが。

今までは大腸菌の遺伝子を組み換えて乳酸を作らせていました。私たちがやろうとしているのは、別の生物由来の代謝経路をゲノムに組み込んで、より効率よく乳酸を作るような新しいバクテリアを作ることです。生物によっては、大腸菌以上に効率の良い代謝経路を持っている物がいて、それらの経路をうまく使えないかと考えています。

──乳酸を作る遺伝子は、そこだけ取り出せるものなんですか? 他の遺伝子も複雑に絡んでくるのではないでしょうか?

中東:まだそうしたことがわかっていないため、全体の設計図がなかなか描けないのです。現時点の目標は、乳酸も含めた、役に立つ物質を作ることに特化した微生物を生み出すこと。余分な遺伝子をそぎ取り、特定の培養条件でだけしか生きられない微生物なら、大腸菌ゲノムの1/3くらいでできるかもしれません。

板谷:ゲノム中の遺伝子が実際にどういう働きをしているのかは、まだよくわかっていません。今までの生物学では、ジャンクDNAと思われる部分を1つ1つ除いていったわけですが、それよりは最小限のゲノムを作って確かめた方が早い時代になりつつあるということです。

──そのような細胞は実際にできそうですか?

板谷:生物のゲノムには、ごくたまにしか使われない遺伝子が多く含まれており、それによってさまざまな環境に適応できるようになっています。研究室で制御された培養の条件では、そうした余分な遺伝子をある程度削り落としても生きることそのものには影響しないことが、酵母、大腸菌、枯草菌で先行研究の例が報告されています。ゲノムの遺伝子を少なくすることは、生物とは何かに迫れる研究としても大変チャレンジングなのですが、1つずつ削るのにもだんだん限界が見えてきています。今後は、部分から組み立てていくほうが早いし、汎用性もあるということにきっとなるでしょう。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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