合成生物学で、生物学は「見る」から「作る」へ(1)
2010年7月29日
(これまでの 山路達也の「エコ技術者に訊く」はこちら)
ゲノム全体を合成できるようになった!
──板谷教授は「合成生物学」に取り組まれているとお聞きしましたが、これはどのような分野なのでしょうか?
板谷:2000年を境に、遺伝子に取り組む方法論はがらりと変化しました。それは、生物の持つ全遺伝情報、すなわち「ゲノム」が解読されるようになったからです。これ以前は、手探りで行う研究しかありませんでしたがゲノムが解読されるようになったことで、どの部分の遺伝子を対象にするのか、ある程度計画的にできるようになったのです。それでも生物学の主流が、現に存在する生物をベースにしていることに違いはありません。
これに対して2002〜03年頃に突然現れたのが「合成生物学」という分野です。従来の生物学を「調べる」生物学とするならば、「作って調べる」生物学ということになります。
──これまでにも、例えば大腸菌に別の生物の遺伝子を組み込んで、特定のタンパク質を作らせたりしてきました。それとどう違うのですか?
板谷:現在の手法では数個の遺伝子を大腸菌に加えただけですから、基本的には大腸菌です。
私たちがチャレンジしているのは、ヒトの役に立つモノをたくさん作ってくれることに特化した微生物を作ることです。
──遺伝子を組み合わせて、新しい生物のゲノムを一から設計するということなんですね。現状はどうなっているのでしょうか?
板谷:これまでの遺伝子組み換え技術は、短い遺伝子なら簡単に合成できるようになっています。大腸菌の遺伝子をいくつか入れ換える程度のことは、経験のない学生でもすぐできてしまうほどです。ところが、遺伝子の総体であるゲノムは、生物から取り出した途端に壊れてしまいます。
これを克服できたのは、世界中でも今のところ米国のクレイグ・ヴェンター研究所、そして私たちのチームだけです。
私たちは、枯草菌(こそうきん)を仲介させることで、短い遺伝子をつなぎ合わせて、巨大なゲノムを作ることに成功しました。ヴェンター研では酵母菌を仲介(ベクター)に使っていますが、成果としてはほぼ同じと言ってよいでしょう。酵母も枯草菌も国に認定されている安全な宿主細胞です。枯草菌は納豆製造に使われる納豆菌の親戚でもあり、納豆菌については慶應大学先端生命研でゲノム解読も済ませています。
──どうして、大きなゲノムを合成できるようになったのですか?
板谷:従来は、合成したい遺伝子を大腸菌のプラスミドにつないでいました。プラスミドというのは、ベクター自身のDNAとは別に、細胞内に存在するDNAのことです。しかし、先ほど述べたように大腸菌のプラスミドでは、あまり大きな遺伝子を合成することができません。大腸菌に大きなDNAは支えきれないというのが私たちが何年も前に出した結論です。
私は別の研究で大腸菌ではなくずっと枯草菌を扱ってきたため、これを使ってゲノムを合成することを思いつきました。プラスミドではなく、枯草菌自身のゲノムをベクターとして用いたことで、ブレイクスルーを達成できたのです。機能単位で分割した遺伝子の塊を枯草菌に入れると、ドミノ倒しのように次々と繋がって大きなゲノムを作っていきます。
──どうしてそんな風にうまく遺伝子が繋がっていくのでしょう?
板谷:遺伝子ごとに「のりしろ」を作っておくんですよ。遺伝子の1/10程度の長さの重なる部分があれば、そこが連結器のように働いてガチャンガチャンと繋がっていきます。
──これは生物が本来持っている遺伝子の修復機構をうまく利用したということなんでしょうか?
板谷:そう考えて間違いありません。私たちは、シアノバクテリアのゲノムを小さな遺伝子に分割し、枯草菌の中で元のゲノムとしてつなげることに成功しました。シアノバクテリアのゲノムは比較的大きいので、これに成功したということはたいていのバクテリアのゲノムを合成できると考えています。ここまで来るのに、20年くらい掛かりました。
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