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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

クモの糸が紡ぐ、繊維の新時代(3)

2010年7月 1日

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これまでにない強靱で軽量な材質が10年以内に登場する

──クモの糸を量産できるようになったら、どういう用途が考えられますか?

おそらく実用化が一番早いのは、樹脂やゴムでしょう。ほとんどの工業製品は、テレビにしろパソコンにしろ筐体が樹脂で作られています。これらの製品の強度を上げようとするとどうしても重くなってしまいますが、クモの糸繊維を樹脂に混ぜることで、重量を増やさずに強度を上げることができます。

また、最近はポリ乳酸など、環境負荷の少ない生分解性プラスチックを工業製品に使おうという動きが広まっています。しかし、こうした生分解性プラスチックは強度や耐衝撃性が低いという問題点があります。クモの糸繊維と生分解性プラスチックを組み合わせれば、環境負荷が非常に少ない材料ができるでしょう。

──クモの糸繊維は、土に埋めれば自然に分解するのですか?

はい。分解スピードなども設計次第で自在にコントロールできると考えられます。また、絹と同じく、難燃性が高いという利点もあります。

──生分解性プラスチックとクモの糸を組み合わせた素材は、一般的に使われているプラスチックと同じように見えるんでしょうか?

見た目で区別することはできないでしょうね。

──もっと先になると、どんな応用ができるんでしょう? 例えば、飛行機などに使うことはできますか?

ちょうど今、航空分野での応用ができないかと、検討を進めているところです。

──丈夫なウルトラライトプレーンは、楽しそうですね。

そういう用途もあるでしょう。

私たちがやろうとしているのは、たんに天然のクモの糸を模倣することではありません。フィブロイン分子を構成するのは20種類のアミノ酸ですが、この配列を変えることで、強度や伸縮性などさまざまな性質を持った繊維を自在に作り出すことができます。

従来は、繊維メーカーが新素材を開発したら、いろいろなメーカーに使ってもらって用途を考えるという流れでした。しかし、当社では、メーカーからの「こういう性能の繊維がほしい」という依頼に応じて分子配列のデザインを行い、カスタムメイドの繊維を提供していこうと考えています。これが可能になれば、もの作りが今までとはまったく違ってくるはずです。

──作り手のイマジネーション次第ということですね。

そうです。作りたいモノに対して、適切な素材を提供しようと。このような目的には、タンパク質の繊維が一番適しています。

例えば、私たちの体は、筋肉や皮膚、爪などさまざまなパーツで構成されていますが、これらはすべてタンパク質からできています。アミノ酸の配列を変えるだけで、多様な素材を生み出せるのはタンパク質ならではの利点といえるでしょう。

──量産化が成功したら、石油化学系の繊維を完全に置き換えることになるかもしれませんね。現時点でのロードマップを教えていただけますか?

現在、天然牽引糸の強度にあと一歩というところまできています。1年以内には、天然糸の強度を超えられそうです。まだ試作段階ですが、スーパー繊維と呼ばれている素材と同じくらいの価格帯で生産できる目処は立つと考えています。生産規模にもよりますが、最終的にはキログラム当たり2千円以下が目標です(ナイロンはキログラム当たり数百円)。

大手メーカーからプロトタイプ製品を作るために供給量を増やしてほしいと要望を受けており、2011年の終わりには研究室5部屋分くらいの小規模生産ラインを稼働させる予定です。

もっとも、大手メーカーが実際の製品を出すまでには、さまざまな試験を行うことになりますから、最低でも4〜5年は掛かりそうですが。

──10年以内には、製品として世に出てくることになるのでしょうか?

それは、間違いないと思います。

スパイバー社の人工クモ糸繊維は電子顕微鏡レベルでも、天然のクモ糸にかなり近づいている。伸度や弾性率についてはすでに天然の糸を超える特性を持った繊維の合成に成功しているという。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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