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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

クモの糸が紡ぐ、繊維の新時代(2)

2010年7月 1日

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バクテリアにクモの糸を作る遺伝子を組み込む

──スパイバーでは、これらの問題をクリアする技術を開発したということなんですね。どういうやり方なのでしょう。

クモからクモの糸を作る遺伝子を取り出し、それをあるバクテリアに移植するのは、従来と同じです。遺伝子を組み込まれたバクテリアは、クモの糸のタンパク質を生成するようになりますから、これを集めて繊維化します。

──どんなバクテリアなのでしょう?

これが私たちの技術の一番重要なポイントであるため、残念ながらお話しできません。

──それにしても、クモの糸はなぜ強靱なのでしょう? どういう構造になっているのですか?

例えばナイロン繊維にしても、アラミド繊維にしても、分子レベルで見ると結晶化している領域と非結晶の領域があります。結晶の部分同士が結合し、その隙間を非結晶状態の分子が埋める構造になっています。

ところが、クモの糸を作っているフィブロイン分子の場合、1個の分子の中に、規則的にアミノ酸が配列された結晶部分と、非結晶の部分が交互に繰り返す構造になっています。そして、フィブロイン分子の結晶部分は別の分子の結晶部分とがっちり結合し、非結晶部分はからまりあっています。

つまり、クモの糸はナノスケールレベルで複合材を作っていると言えるでしょう。こういう構造になっているため、繊維にクラック(裂け目)が入ってもそれが全体に広がらず、しかも非結晶部分が絡まっていることで高い靱性(粘り強さ)も実現しています。ナイロン繊維もアラミド繊維も、靱性に関してはクモの糸の足下にも及びません。

クモの糸を構成するフィブロイン分子の構造。アミノ酸が規則的に並んだ部分と、不規則な部分が交互に現れる。

──原料から糸を作るプロセスは、従来の化学繊維と同じなのですか?

どんな繊維でも、ドロドロに溶けている状態から固化させ、その分子をきれいに配列させるという基本は同じです。

ただ、化学繊維の紡糸方法を調べていくうちにわかってきたのは、従来の紡糸方法では乗り越えられない壁があるということ。化学繊維のノウハウは、そのままではクモの糸に適用できないのです。それならばということで、紡糸方法まで自分たちで開発することにしました。

紡糸法についても企業秘密の部分が多いのですが、同じタンパク質であっても、紡糸法を変えれば最終的な糸の性質が大きく変わってくることがわかっています。

今、クモの糸に関する遺伝子ライブラリを作っているところで、数十種類の配列を収録しています。将来的には1000種類くらいまで増やしたいですね。タンパク質のブレンドや紡糸法の組み合わせは膨大な数に上りますが、こうした組み合わせを網羅的に検討できる基盤を作るのが目的です。

スパイバー社の開発した人工クモ糸繊維の電子顕微鏡写真。繊維同士の絡まり方も天然のクモ糸によく似ている。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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