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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

クモの糸が紡ぐ、繊維の新時代(1)

2010年7月 1日

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頼りなげに見えるクモの糸だが、その強度、しなやかさにはどんな合成繊維も及ばない。このクモの糸を合成して量産化しようとさまざまな研究機関や企業がチャレンジしてきたが、いまだ成功したところはない。だが、慶應義塾大学発のベンチャー、スパイバー社は独自の生産手法を開発し、量産化への道筋を付けつつある。新手法を開発した同社社長、関山和秀氏に、クモの糸の可能性をお聞きした。

スパイバー社が開発した、人工「クモの糸」。

鉄以上に強靱なクモの糸は量産化が困難だった

──クモの糸を人工合成しようとしているそうですね。どうして、クモの糸を作ろうと思われたのでしょう?

大学4年生の頃、(慶應義塾大学 先端生命科学研究所の)研究室のメンバーと研究テーマについて話していたところ、昆虫やクモの話題になりました。虫によっては、何億年もほとんど形が変わっていないものもいる。ということは、昆虫やクモは、地球環境に最適化された、最も洗練された生き物ということにならないだろうか。21世紀は虫についてもっと研究していくべきだ、そういう話をしていたのを覚えています。

どうせ研究するなら強い虫にしようと思ったのですが、いったいどの虫が「強い」のでしょう? スズメバチは強力ですが、クモはこういうハチまで糸で捕らえて食べてしまう。そう考えると、クモは最強の虫と言えるかもしれない、そうやってクモの糸に注目するようになりました。

これまでにもクモの糸がすごい素材だという噂は聞いていましたが、絹糸のように産業化できた例はありません。こういう場合、答えは2つに1つです。実際は大したことのない素材なのか、あるいは量産化が難しいのか。

いろいろ調べると、クモの糸というのは本当にすごい技術だということがわかってきました。1本のクモの糸は約5マイクロメートル(人間の髪の毛は80マイクロメートル)の太さですが、これで数グラムの重りをつり下げられるものもあり、鉄よりも強靱です。直径1cmの糸でできたクモの巣なら、ジェット機を受け止められるという試算もあるほどです。

──これまでどうして量産化できなかったのでしょうか?

クモはカイコと違って、家畜化することができません。肉食で縄張り意識が強く、共食いもしますから。

また、カイコの場合、1匹の虫が作るのは1種類の糸だけですが、クモの場合は7〜8種類もの糸を出すと言われています。例えば、獲物を絡め取るための横糸、巣の中央から放射状に伸びる縦糸、巣全体を囲う枠糸、それにクモの命綱となる牽引糸などです。クモの体には7種類くらいの分泌腺があり、そこから分泌される異なるタンパク質が用途に応じてブレンドされて糸になります。

強度が一番高いのは牽引糸なのですが、この糸だけをクモに分泌させて巻き取るのは非常に困難です。カイコのような手法では、単一種類の糸を量産することができません。

それならば、どうするのか?

──バイオテクノロジーの出番ということですね。

はい、今までさまざまな生物にクモの糸を作らせる研究が行われてきました。クモの糸はタンパク質でできていますから、クモ以外の宿主に同じタンパク質を作る遺伝子を組み込んで糸を作らせるわけです。

ただし従来の方法では、タンパク質の原料自体は合成できても天然のクモの糸に匹敵するものはできませんでしたし、生産効率も低く、量産化は無理だと考えられていました。

例えば、代表的な方法として大腸菌を使ったやり方があります。バクテリアでの生産は培養するためのコストは安くすみますが、クモのように複雑な真核生物の遺伝子を作るのには向かず、生産効率が悪いのです。

カナダのネクシア・バイオテクノロジーズ社は、ヤギの乳腺にクモの糸の遺伝子を組み込み、ヤギの乳からタンパク質を抽出しようとしましたが、高コストになって商業化できませんでした。

高等生物を使うと高コストになり、微生物では安定的にタンパク質を作るのが難しい。これがクモの糸量産化の状況でした。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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