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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

強度はこんにゃくの500倍、98%「水」でできた新材料(3)

2010年6月 9日

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防災、医療、建築、さまざまな分野で広がる「水」の可能性

──耐久性や廃棄処理はどうなのでしょうか?

長期間の耐久性試験はまだ行っていませんが、アクアマテリアルを空気中にそのまま置いておくと水分が蒸発し、2週間で3%ほど軽くなります。これを防ぐには、ポリマー溶液に浸けるなどして、表面をコーティングすればよいでしょう。

また、強い酸性やアルカリ性の溶液に接触させておくと、30〜40時間くらいで徐々に壊れていきます。ちなみに、それ以外の環境、例えば濃厚な食塩水に接触させても、変化はありません。

現在のアクアマテリアルは、意図的に酸やアルカリで分解するように作っています。なぜかといえば、地中に廃棄しても自然に分解されるようにしたいと考えたからです。耐久性が必要な用途では、酸やアルカリで結合が切れないようにデザインすればよいでしょう。

──誤って食べても問題ないのでしょうか?

アクアマテリアル自体の安全性試験はまだこれからですが、内側の構造(ポリエチレングリコール)についてはFDA(食品医薬品局)の認可を受けており、体内に取り込まれても問題ありません。

──ほぼ水ということは、さまざまな応用ができそうですね。

現在、国内外の企業からたくさんの問い合わせをいただいています。

例えば、アクアマテリアルの応用の1つとして、消火シートが考えられます。アクアマテリアルをバーナーであぶると、中に泡ができて徐々に蒸発しますが、強度は変わりませんし、最後まで蒸発しても有害な物質は残りません。シート状にして火にかぶせれば、酸素の供給を絶った上で、温度を下げることができるでしょう。

──医療分野ではどうでしょう?

アクアマテリアルは室温で成形しますから、熱に弱いものをこの中に閉じ込めることができます。例えば、酵素ですね。

──アクアマテリアルの中でも、酵素は自由に働けるものなんですか?

酵素と似た性質を持つ物質をアクアマテリアルに入れて実験してみました。基質(原料となる化合物。いわば酵素のエサ)を溶かした溶液にアクアマテリアルを入れると、基質がアクアマテリアルに取り込まれ、生成物が出てくることが確認されました。私たちが利用した酵素に似た物質は、粘土ナノ粒子に接着する性質があるため、アクアマテリアルの外には出てきません。

水で反応させた場合に比べてアクアマテリアル内だと効率は7割程度に落ちますが、ゲル状物質の数値としてはかなりよい方だと思います。

──人工細胞のようなものも実現できたりするんでしょうか?

アクアマテリアルの面白い性質として、切って1分以内であれば融合するということが挙げられます。これを使うと、何ができるかというと、異なる性質を持った酵素をつなげることができるんですね。

酵素によっては、別の酵素と混ぜることのできないものもあります。こうした酵素をそれぞれ別のアクアマテリアルに閉じ込めて、融合させる。

そうしておいて基質を与えると、それが徐々に拡散していって、複数の酵素が順番に処理を行い、最後に生成物が出てくるようにできるのではないか。超小型の化学工場を実現できるかもしれません。

色素で染色したアクアマテリアルを切ってつないだところ。ちなみに、アクアマテリアルは非常に切りにくい「ういろう」のようなもので、刃物にへばりついてくる。

──建築資材でも使えそうですね。

ゴムのような衝撃吸収材や、電磁波遮蔽材など、さまざまなアイデアをいただいています。アクアマテリアルを成形するのに必要な有機物も今より減らして、例えば1kgの水を0.1gの有機物で固められるようになれば、応用範囲は劇的に広がるはずです。

ただ、私たちの研究室は応用が専門ではないので、実際の製品開発は企業に任せることになるでしょう。

現在のところ、G3-Binderを作るには、材料をしばらく寝かせる必要があるため1ヶ月くらいかかっています。実用化するには、安価な製造プロセスも開発しなければなりません。ほぼ決定していますが、企業がからんでいますので、公表はまだできません。

──アクアマテリアルは、材料における「脱・石油」への一歩となりますか?

大げさな言い方をすれば、そうですね。

最近「低炭素社会」と言われるようになってきましたが、そうした取り組みの多くは、エネルギーとしての石油使用量を減らすことを目指しているのであって、材料自体が低炭素ではないですから。

私たちのアクアマテリアル自体がどう役立つのかはまだ未知数ですが、材料分野で使われる石油の10%でも水に置き換えられれば、それだけ石油の寿命を延ばすこともできるでしょう。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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