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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

マグロを産むサバが、次世代の漁業を作る(4)

2010年4月23日

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365日、真摯に魚と向き合う

──研究において一番苦労されたポイントはどこでしょう?

一番大変なのは魚を飼うことだと思います。

例えば、メスの代理ヤマメに卵を産ませようとすれば、3年は飼わないといけません。オスから精子を採るのだって2年くらいはかかります。365日、1日たりとも休まずに魚を世話して成熟させるのが実は一番難しく、なおかつ僕が常にこだわっているところでもあります。

現在の生物学では、DNAやRNAを調べて「こういう風になってます」という論文がごまんとあるのだけど、僕個人としてはDNAレベルで確認ができただけではあまり面白いと思えない。実際にヤマメがニジマスを産むところまでやってナンボのもの。そういう研究は地道で、時間も掛かります。

DNAを切ったり貼ったりすることはかっこよく見えますから、そこに学生も飛び込んでいきますが、それだけでは技術を作り出すことはできないのです。

残念ながら、水産系の大学もそういう方向になびいているのが現状です。東京海洋大学は日本で唯一の海洋系水産大学ですが、魚を受精卵から育成して、さらに子どもを産ませて育てるというサイクルを食用魚で回しているのは、僕の研究室だけです。たいていは、養殖業者から魚を買ってきたり、別の研究機関と共同で研究をしています。

逆にいえば、それくらい効率が悪く、はっきりいってバカしかやらない研究です。しかし、そういう地道な研究が技術を作るには欠かせないのです。

──魚を飼育する上で、重要なことは何なのでしょう?

その答えはとてもシンプルです。要は、どのくらい本気で魚のことが好きかということに尽きます。

腹が減って飯を食おうかと思ったら、その前に魚にエサをやってこようと思えるか。寝る前に水槽の状態が気になったら、面倒くさがらずにチェックしに行けるか。それが分かれ道になるのではないでしょうか。

エサをやるにしても、残餌が出ないように、適量をゆっくり均等に撒く。1匹ずつちゃんと食べているかを確認する。こんなことを真面目にやったところで誰も見てはいません。僕だって、学生達がエサをやるところをいちいち見ているわけではありません。

けれど、こういう地道なことをきちんとやっていないと、1、2年後にしっぺ返しを食らうことになります。卵がちゃんと成熟しなかったりして、研究が水の泡になってしまう。

水槽に異常があったら担当している学生の携帯電話にアラームが届くようになっており、夜中だろうが明け方だろうが、すぐに対処しなければなりません。まるで消防署のような状態です。

このような研究は、真摯に魚と向かい合っているグループにしかできないことで、僕達はその点に関してどこにも負けない自信があります。

代理親魚技術が漁業を進化させる

──クロマグロをサバに産ませると聞くと、誰でも養殖のことを考えると思います。養殖にも応用できるのでしょうか?

養殖は、環境にかなりの負担をかける産業です。

僕らが目指しているのは、代理魚に産ませたマグロを自然の海に放して、数を補ってあげるということ。海で育ったマグロがある程度大きくなったら、それを捕るというのが自然に近いシステムだと考えています。

──人工ふ化させた卵を親魚に育てる、マグロの完全養殖技術も登場しました。養殖したマグロを海に放すのと、どういう違いがあるのでしょう?

海に放す場合、問題となるのは遺伝的多様性です。養殖したマグロは親の数がそれほど多くありませんから、できたマグロは兄弟である可能性が高くなります。こういうマグロを大量に放流すると、次世代で近親交配が起こり多様性が失われます。

放流するのであれば、できるだけ多くの親マグロを使って多様な遺伝子を持った子供を産み出すことが必要です。

──サバならマグロより小さいですから、たくさん飼えますね。

そういうメリットもあります。

将来的に期待しているのは、10尾のマグロから精原細胞を採って、1匹のサバに移植することです。そうすれば、そのサバは10尾分の多彩な精子を作ることができます。メスのサバにも同様の移植を行います。

このような移植を行ったサバから取れる精子と卵を授精させれば、10×10=100、つまり100倍の多様性を生み出せることになります。

これこそが、僕らの研究が持つ最大のメリットでしょう。遺伝的に多様な、自然に近い魚を海に放流することが1つのゴールです。

──産業面ではどういう応用ができますか?

品種改良を行って、コシヒカリや神戸牛のようなマグロも作っていきたいですね。食料として利用していくためには、病気に強い、成長が早い、おいしい、そういう品種改良が絶対に必要になってきます。

現在の漁業はまだ狩猟採集の段階です。そこらへんにいるマンモスを仕留めて食べているにすぎません。養殖が多少始まってはいますが。

しかし、マグロが成熟するまでには4〜6年掛かります。品種を固定するためには10世代くらいは必要ですから、1つのブランドができるまでに40〜50年もかかってしまう計算です。サバにマグロを産ませることができれば、どうでしょう? サバは1年で成熟しますから、品種改良の時間を10年程度にまで縮められる可能性があります。

養殖産業が次のステップに進む上で、僕らの技術は強力な武器になると思いますよ。

研究者プロフィール

吉崎悟朗(よしざき ごろう)

1993年、東京水産大学大学院水産学研究科博士後期課程修了(水産学博士)。テキサス工科大学農学部博士研究員を経て、現在は東京海洋大学海洋科学部海洋生物資源学科准教授。日本科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業SORST研究員併任。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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