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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

マグロを産むサバが、次世代の漁業を作る(3)

2010年4月23日

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絶滅に瀕したアイダホのベニザケを救え

──お話を聞いた限りでは、この技術は比較的低コストでできるようですね。

精巣から精原細胞を取るためには、タンパク質分解酵素を使いますがこれはそれほど高くありませんし、不妊の3倍体を作るのに使うのはただのお湯です。一番お金がかかるのは、精原細胞を移植するために使うマイクロマニピュレータですが、これも50万円程度。これまでに、フランス、ノルウェー、スペイン、ポルトガル、アメリカ、カナダ、台湾、インドネシアの研究者にこの方法を教えましたが、みな1週間程度で技術をマスターして帰って行きました。サケやマスに関しては、誰にでもできるようになったといえるでしょう。

──この技術は、どういうところで利用されているのでしょう?

ベニザケは産卵時期になると、体色が真っ赤になる。

アメリカのアイダホ州にはレッドフィッシュレイクという湖があります。レッドフィッシュというのはベニザケのこと。ベニザケは産卵期になると体が赤くなるのですが、湖がそれで真っ赤に染まるほど、昔はたくさんのベニザケがいたのです。ところが、1990年代に入るとベニザケの数は激減し、湖に戻ってくる個体が数匹しかいない年が続いています。レッドフィッシュレイクは海から1500kmも離れており、標高差も2000m以上あるというタフな環境です。

このベニザケを守る活動を、NOAA(National Oceanic and Atmospheric Administration:米国海洋大気庁)やアイダホ大学のメンバーが行っており、彼らから僕達の技術を使いたいという申し出がありました。この時は論文を発表する前で(ニジマスしか生まない代理ヤマメの論文は、2007年Vol.317の「Science」に掲載)、技術的にもまだ成熟していませんでした。失敗するかもしれないと答えたのですが、彼らは「0.1%でも可能性があるなら、その技術にかけてみたい」といってくれました。

──アメリカ人的ですね!

本当にそう思います。日本ではヤマメやイワナを守るプロジェクトの予算を出してもなかなか通りませんから、考え方の違いに驚くと同時に、非常にうれしかったですね。

今は毎年2週間程度、現地に赴き、ベニザケの精原細胞を冷凍する実験を行っています。

サバにマグロを産ませる

──サバにクロマグロを産ませる研究の進捗状況はいかがですか? サケやマスの場合と大きく違うのでしょうか?

最初に予想していた問題は、稚魚のサイズと環境適応能力です。

サケやマスの稚魚は15mmほどですが、これに比べてサバやマグロは2.5mmと格段に小さいため、注射して細胞を移植するのはこれまで無理だと考えられていました。

また、一般的に海水魚を育てるのは、湖や池に棲む淡水魚に比べて困難です。池や沼のように水の容量が少ない環境は、非常に環境変動が激しく、そこに棲んでいる魚は強靱です。そのため、フナや金魚は誰でも簡単に飼うことができます。

一方、海は水の容量が大きいため環境変動の影響が少ないですし、環境が変わったとしても別の場所へ自由に泳いでいけます。池や沼で水温が5℃上下することなど珍しくありませんが、海で暮らす魚にとってはこれくらいの水温変化も致命的です。海水魚の稚魚は、水槽から隣の水槽へすくって移すだけでストレスが掛かって死んでしまうこともあるほどです。

──どうやって移植の問題を解決したのでしょう?

マグロから採取した生殖細胞を、オス・メスのサバに移植して、精子や卵を作らせる。

そんなに大したことではありません。水槽から稚魚を移す時は、海水ごとすくう、注射針の太さや先端の形状を工夫する、注射した後のケアを丁寧にする、といった工夫をすれば、移植自体は問題なく行えることがわかりました。

移植した後の問題は、まず精原細胞が卵巣や精巣に向かって歩き始めるかどうか、そしてたどり着いた後は分裂を始めるかどうかです。

さまざまな海水魚の組み合わせを試したところ、遺伝的に遠いペアで歩き出すこともあるのに、遺伝的に近いサバとマグロではダメだったのです。マグロの精原細胞をサバの腹腔に移植しても、精原細胞はピクリとも動きませんでした。3年間掛けて、1000尾単位の移植実験を行いましたが、すべて失敗です。

実験を重ねてわかってきたのは、マグロとサバでは卵や精子が成長する時の体温が異なるということでした。サバの生殖細胞には20℃くらいが適しているのに対し、マグロの場合は25から28℃くらい。サバの体内はマグロの精原細胞にとって冷たすぎるのではないか。

そこで、暖かい南洋で産卵するサバを使って移植実験を行ったところ、マグロの精原細胞が卵巣や精巣に向かって歩き出したことを確認できました。

──サバがマグロを産むまで、あともう少しですか?

精原細胞が卵巣や精巣にたどり着いた後、そこで卵や精子になる必要がありますが、まだそこまで解析できていません。これについては、数年以内に実現したいと思っています。

また、サバにマグロだけを産ませるには、ヤマメと同様、不妊のサバが必要になりますが、この技術もまだ開発中です。

マグロだけを産むサバができるまでには、7、8年は掛かるのではないでしょうか。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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