このサイトは、2011年6月まで http://wiredvision.jp/ で公開されていたWIRED VISIONのコンテンツをアーカイブとして公開しているサイトです。

山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

次世代電池レースで脚光を浴び始めた「マグネシウム電池」(3)

2010年3月26日

  • 前のページ
  • 3/6
  • 次のページ

マグネシウム空気電池は、環境に負荷を掛けない

──製品化の予定は?

鈴木:今年の5月頃を目処にテスト製品の販売を開始する予定です。最初の製品は携帯電話用充電器で、1回の使い捨てタイプ。サイズは2.5×4cm程度です。水のタンクが内蔵されていて、ボタンを押すと電解液に「X」が溶け出し、放電が始まります。実際に市販するのは今年末になるでしょう。第2弾以降は、3回、4回と充電回数を増やした製品を投入したいですね。

栗原:カンボジアやタイ、中国などでの販売を先行させる可能性もあります。カンボジアなどでは携帯電話自体は普及しているのですが、電気のインフラが整っていません。そのため、通話時間は、電話代ではなく、充電時間で制限されてしまうのです。「X」を作るための材料はどこにでもあるものばかりですから、現地工場で生産すれば安価に販売できるでしょう。

鈴木:私たちが狙っているのは、緊急用電池の市場です。今、各省庁には緊急用の電池が備蓄されていますが、これは2年に1回ごとに半分が廃棄されています。これはあっていいムダではないでしょう。私たちのマグネシウム空気電池は、水さえ入れなければ何年でも保存しておけるという長所があります。

船舶用ライフジャケットや自動車用非常灯の電源としても使えるでしょう。米国の道路では灯りのないところも少なくありませんが、こういう場所で車が動かなくなった時のために、長期間保存できる電池の需要は高いのです。また、屋外看板用の電源に使いたいというお話もいただいています。普通の電池は雨に濡れると使えなくなりますが、私たちのマグネシウム空気電池ならまったく問題ありません。

──話をお聞きする限りでは、マグネシウム空気電池には有害物質も使われていないようですね。

栗原:それもマグネシウム空気電池の大きなメリットです。実を言えば、現在発売されている電池は、材料よりも廃棄にコストがかかっているのです。例えば、アルカリ乾電池の電解液は強アルカリ性で、目に入ったら失明してしまいます。

鈴木:それでも、まだ日本ならきちんと処理設備が整っているからいいんですよ。しかし、電力インフラもない発展途上国で電池を使うと、使用済み電池はその辺に捨てられて環境汚染を引き起こします。発展途上国で使うなら、現地で安価に作れて、しかも危険な材料を使わない電池でなければならないのです。

謎の「X」はどうやって発見されたのか?

──TSCのマグネシウム空気電池は、「X」がカギなんですね。どうやって「X」を見つけたのでしょう?

鈴木:私は元々、建築材料の開発を手がけていました。岩のように硬くてなおかつ軽い「リアルサンド」(無機炭酸カルシウム発泡体)や、コンクリートの劣化を防ぐ「リアルガード」といった商品も私が開発したものです。

2000年4月頃、私は微弱電流を流せるコンクリートを作れないものかと考えて試行錯誤していました。電気のスイッチを入れれば、ほんのり暖まる壁を作りたいと考えたからです。グラファイトを混ぜれば簡単にできそうでしたが、建築材料として使うためにはとにかく安くなくてはいけません。石炭屑や砂鉄、アルミナ、その他さまざまな材料をあれこれ試していました。

ある時、うっかりしてウーロン茶をある材料の上にこぼしてしまいました。その材料に付けてあった電流計が1回だけピューと振れたんです。その時は何とも思わず研究を続けていましたが、なかなか成果が出ません。

6ヶ月くらいして、夜中に目が覚めました。

「どうしてあの時、電流計が動いたのだろう?」

水あるいはウーロン茶の成分が関係しているのかと思い、ウーロン茶や水をいろんな材料に垂らしてみましたが、まったくダメでした。実は、「養生」が関係していたのです。養生とは、材料を混ぜ合わせてしばらく寝かせておくことを指します。養生させた材料は、元の材料とはまったく違う性質を持つことがあるのです。

この材料を使って簡単な電池を作ったところ、水を垂らすだけで長時間放電が起こりました。私は「水発電」と呼んでいたのですけどね。どういう原理なのかよくわからなかったので、SAITECに実証実験を依頼しました。

栗原:最初は、「水で発電なんてインチキ臭い」と思っていました(笑)。ところが、話をよく聞いてみると、電池の材料にマグネシウムを使っていました。最初にお話ししたように、マグネシウムは被膜や発熱の問題さえクリアできれば、理想的な電池材料です。いいところを突いているかもしれないという気がしてきました。

実際に分析してみると、水発電などではなく、マグネシウム空気電池だったのです。特徴が電解液にあることを突き止め、より効率的に電気が取れるようにブラッシュアップを行いました。

マグネシウム空気電池の模式図。

──「X」がいったい何なのか、とても気になります。

鈴木:どこにでもあるものですが、電池の専門家からすれば、突拍子もない材料を配合しています。以前、電池の専門家に相談したことがあるのですが、「そんなものを入れたら、電気は出ないよ」と言われたことがありました。私は電池の専門家ではなく、イオン交換だけを考えています。そのため、常識にとらわれなかったのがよかったんでしょうね。電池の専門家だったら、マグネシウムで電池はできないという思い込みがあって、最初から試そうともしなかったでしょう。

──それにしても、シンプルな構造ですね。

鈴木:基本の構造は、金属マグネシウムの板とセパレータ、「X」の塗られた不織布、集電体の銅板だけです。あまりにもシンプルすぎるし、専門家に見せても手品だと言われるし、自分でも不安になりました。

栗原:本物は、何でもシンプルだと思います。そのへんにある物質をうまく活用しているのがミソで、複雑な物質は一切使っていません。すなわち、自然界で普通に起こっている現象を利用しているのです。

マグネシウム空気電池を分解したところ。左から順に、金属マグネシウム、セパレータ、「X」の塗られた不織布、集電体の銅板。

  • 前のページ
  • 3/6
  • 次のページ
フィードを登録する

前の記事

次の記事

山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

過去の記事

月間アーカイブ