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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

重イオンビームが生物進化を加速する(2)

2010年3月12日

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──仮に、放射線を照射して赤い花が白くなった場合、それ以外の遺伝子にも突然変異が起こっていることはありえるのでは?

阿部:ありえるでしょう。そのため、交配を繰り返して求める性質を備えた株を選抜していくのです。

X線やガンマ線で突然変異を選抜するのに適しているのは、対象の半数が枯死する照射線量とされています。そのため、DNAのあちこちを傷つけてしまいます。先ほどの例でいえば、花が白くなったとしても、今までその品種が持っていた他の有益な性質(例えば背が高い)が失われては意味がありませんね。その場合は、白くなった花を選んで交配していくと、白くて背が高い、白くて背が低い、というように特徴を持った株が分離してきます。白くて背が高い株から採種し、その子孫を観察して、白くて背が高い株だけが出現するようになったら、新品種となります。

重イオンビームの場合、ほとんどの照射個体が生き残る低線量で高い変異率を示します。これは、重イオンビームがDNA二本鎖を確実に切断し、効率的に変異を導入するためと考えられます。

先の赤い花を白くする例では、重イオンビームを芽(成長点を含む)に照射し、挿し木して育てると、そのうち数%程度の個体の花が白くなります。花が白くなったとしても、今までその品種が持っていた他の有益な性質は失われてはいないので、変異体そのものが新品種になり得ます。

種に照射した場合でも、比較的すぐ育種目的である変異形質が分離して来ます。

──そんなに簡単に分離するものなのですか?

阿部:X線やガンマ線を使った場合に比べて、圧倒的に早く変異形質は固定されます。重イオンビームを使った場合、照射した次の世代(M₂)で変異が観察でき、その次の世代(M₃)ではもう形質が固定されるので、他の放射線を使っている人は驚きますね。先ほど説明したように、重イオンビームが遺伝子の特定箇所だけを壊して、他の箇所をほとんど壊さないからと考えられます。

平野:X線やガンマ線の場合、線量を高くするとあちこちの遺伝子を傷つけて同時に様々な変異を起こしますから、品種として固定するのが難しいのです。

阿部:品種改良では、10年以上、時には数十年かかることも珍しくありません。重イオンビームの場合は、植物の種類、育種目的にもよりますが、これまでの花卉(かき)植物では、3年で新品種ができました。

──遺伝子のどの部分がどう変異したということはわかるのですか?

阿部:イネやシロイヌナズナのように、全ゲノムがすでに解読されているモデル植物については、どの遺伝子が変異しているかをかなり正確に特定することができます。

平野:ゲノムが解読されていない植物については、形質を目で確認することに加えて、成分を測定したりして原因遺伝子を推定します。このときにモデル植物のゲノム情報が非常に役に立ちます。現在植物のゲノム解析は急速に進んでおり、すでにかなりの作物の遺伝子配列が判明しています。

──何らかの変異が起こった場合、それが1つの遺伝子によって起こったとは限りませんよね。複数の遺伝子が働いた結果、現れてくる形質に関しては、重イオンビームで変異させることができないのでは?

阿部:確率から言うとかなり難しいでしょうね。ただ、マスター遺伝子といって一群の遺伝子発現を制御する遺伝子も発見されています。

平野:このマスター遺伝子が1つ変異するだけで、大きな変化が起こることもありえるでしょう。

阿部:重イオンビームでの変異では、不思議な現象も起こっています。照射当代(M₁)で、タバコではアルビノ(色素がない)個体が、ピーマンでは矮性変異体が現れたのです。本来、アルビノや矮性は劣性遺伝で生じ、M₁では起こらないのですが。ヨーロッパの学会誌に論文を発表しましたが、まだこのような現象が起こった理由はわかっていません。

──植物を突然変異させると聞くと、不安を感じる消費者もいるでしょうね。

阿部:X線やガンマ線による突然変異を利用した新品種は、すでに何千種類も市場に出回っており、安全性についても問題は出ていません。放射線を利用するとはいっても、植物自体が放射能を持つようになるわけではないのです。そもそも、私たち人間も含めてあらゆる生物は宇宙線(宇宙空間から注がれる放射線)の影響を受けており、非常に頻度は低いのですが突然変異は常に起こっています。

平野:放射線によって遺伝子に大きな傷が付くと、遺伝子が別の遺伝子とくっついたり短くなったりといった変化が起こります。これによって新しい形質が現れてくることがあるのです。品種改良はこのような生物の性質を利用しています。

──放射線による突然変異は、自然進化のタイムスパンをぎゅっと縮めたものという見方もできますね。

阿部:そういうことです。私たちが作り出している突然変異も、数万年くらい放っておけば自然に起こるかもしれません。

だいたい、農業は品種改良の積み重ねによって成り立っており、私たちが日々口にしている食物に人による選抜を受けていない野生種なんてほとんど含まれていないでしょう。

──突然変異によって、毒性を持った作物ができたりすることはないんですか?

阿部:放射線を利用した突然変異では、その生物が持っている遺伝子の中で変異が起こるため、今まで作らなかった物質を作る経路がいきなり作られることはありません。しゃべったり踊ったりする植物が放射線による突然変異で生まれることはないでしょう(笑)。

例えば、交配や突然変異で青いバラをどうやっても作れなかったのは、バラには青い色素を作る遺伝子がまったくなかったからです。サントリーは、遺伝子組み換え技術でパンジーの遺伝子を入れることによって青いバラを咲かせることに成功しました。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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