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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

シロアリとパンダで、一石二鳥の生ゴミ処理を実現(4)

2009年10月30日

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笹を食べて巨体を維持できるパンダの秘密

──いきなりパンダですか?

ご存じの通り、パンダは笹を食べて生きています。あんなに消化が悪そうな笹を食べているのだから、胃腸には何か特別な細菌がいるのだろうと考えました。

さっそく上野動物園に行ってパンダの糞を見せてもらったのですが、とても糞とは思えない。食べたものがほとんど消化されずに出てきていて、まるでほかの動物のエサのよう。笹など1日40kgのエサを食べて、40kgの糞をするそうです。こんなに消化していないということはロクな細菌がいないのではないかとも思いましたが、実物のパンダを見て考え直しました。パンダはやはり大きくて、これだけの巨体を維持できるのはやはり特別な仕組みがあるとしか考えられません。

大量の糞をもらい、その一部を笹や試薬と共に、家庭用の生ゴミ処理機に掛けてみました。しかし、一向に分解が進まないのです。

普通、細菌が増えない時はビタミンなどのサプリメントを足すわけですが、逆に栄養分を減らしてみるのはどうかと考えました。生物がエネルギーとして利用するのはブドウ糖を始めとする六炭糖ですが、あえてどの生物も利用しない五炭糖のキシルロースを加えてみたのです。そうこうしているうちに、笹が粉のようになって分解されてきました。パンダの腸内細菌だけとは言い切れませんが、少なくともパンダの腸内を通過したものから細菌を採取して、意外なほど簡単に生ゴミを分解できることがわかりました。

生ゴミ処理に使うのであれば、高温でも働き、なおかつ耐熱性の高い酵素を作り出す細菌がほしいところです。そこで、実験装置内の温度を上げて60〜70℃でも増殖する菌を選び出しました。さらにこのうち、70℃でも活性を失わない酵素を作る細菌も見つかりました。こうした細菌を5種類ほど混ぜて生ゴミを分解してみると、残渣がほとんど出ないのです。

生ゴミ処理機に、キャベツや魚の頭などで作った生ゴミを、毎日2kgずつ投入してもほとんど重量が変わりません。一般的な生ゴミ処理機では80%減らせられれば優秀な方ですが、僕たちの見つけた細菌を使えば97%も減らすことができました。残った3%は灰分で、これはさすがに分解できなかったようです。

分解された生ゴミは、二酸化炭素と水になって蒸発したと考えられます。処理機内は80℃くらいまで温度が上がりますから、仮に病原菌がゴミにくっついていても死滅します。

──細菌や酵素は70℃までだったのでは?

それが不思議なのですが、何か別の物質と組み合わさるとか、条件が変わると80℃でも安定するようなのです。なぜ耐熱性が高まるのかは、わかりませんでした。

──研究の現状は、いかがでしょう?

ここまでお話しした研究は、7年前にいったん終了しています。

ただ、パンダ由来の細菌については、今でも問い合わせをいただいていて、今日も台湾の企業から電話がありました。しかし、僕としては、量が少ないにしても水素を発生させるシステムと組み合わせて実現したいと考えています。今は、国も太陽光発電に注力していて、水素関連の研究は後回し。さて、どうしたものかと思案しているところです。

昔、試算したところ、日本中の生ゴミをシロアリ+パンダ由来の細菌を使って処理すれば、100万台の水素燃料電池自動車を150日間稼働させられるという結果が出ました。この数値は、セルロースの加水分解率を20%としての計算で、今後加水分解率が40%に向上できれば、100万台の水素燃料電池車はほぼ1年間も走らせることも可能なのです。もちろん、これは机上の計算ではありますが、バイオマスにはこういう可能性もあるということです。

研究者プロフィール

田口文章(たぐちふみあき)

1937年生まれ。ペンシルベニア大学卒、北里大学大学院医療系研究科教授、パストゥール研究所やローベルト・コッホ研究所などに留学、専門は環境微生物学。2003年に北里大学を定年退職、北里大学名誉教授。『学生時代に何を学ぶべきか』、『私の好きな言葉』、『アルカリ発想のすすめ』など著書多数.「理科好き子供の広場」をウエブ上に展開中.

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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