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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

世界は、石油文明からマグネシウム文明へ(3)

2009年7月 3日

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太陽光励起レーザーの発生装置は1台50万円

東工大の屋上で実験中のレーザー発生装置。上部のフレネルレンズで集めた太陽光を、中心部にあるレーザー媒質に当てる。

──酸化マグネシウムからマグネシウムを精錬するには2万℃の超高温が必要になるとおっしゃっていました。これに耐えられる炉は実現できるのでしょうか?

そこでレーザーの長所が発揮されます。レーザーなら、1mmのスポットだけ2万℃にするということが可能です。その周辺はすぐに冷えますから、炉全体が2万℃に耐える必要はありません。

──細いレーザー1本では、大量の精錬が難しいのでは?

だからこそ、太陽光励起レーザーの装置をたくさん作るのです。何百台という装置を並べてレーザーを作り、各装置から光ファイバーで精錬所に伝えます。酸化マグネシウムにレーザーが当たると、0コンマ数秒でマグネシウムを精錬できます。

──レーザーの発生装置は高価になりませんか?

現在東工大の屋上で実験装置を稼働させており、太陽の位置を自動追尾して最適な出力を得ることができます。水道用のパイプなどを利用して組み立てたら、1基当たり50万円ほどで制作できました。

──太陽光がいつもあるところでないと、精錬はできませんね。

アリゾナやモンゴルの砂漠など、1年中雲のない地域は世界中どこにでもあります。こういう地域でマグネシウムを精錬して、日本に持ってくればよいでしょう。

淡水化事業からスタートし、マグネシウム循環社会へ

──マグネシウムの循環社会は、どういうステップを経て実現すると考えていますか?

まずは、海水を淡水化する事業で利益を上げます。先に述べたとおり、すでに海外から淡水化装置の発注が来ており、この事業だけでも十分に利益を出せます。今後、世界の淡水ビジネスは年間150兆円規模になると言われています。

次は、マグネシウムの精錬ですが、最初はエネルギー源としてではなく、資源としてマグネシウムを売ればよいでしょう。携帯電話のボディなど、マグネシウムの需要はいくらでもあります。マグネシウムは今1kg当たり400円と高価ですからここでも利益を得られ、そうすれば太陽光励起レーザーの装置をもっとたくさん作れるようになります。ちなみに、マグネシウムに限らず、鉄やアルミ、シリコンも、レーザーを使って同様に精錬可能です。金属産業の構造を根本的に変えてしまう可能性もあると思っています。

そうして十分にマグネシウムの値段を下げられるようになったら、エネルギー源として、発電所や家庭、自動車に使えばよいでしょう。燃料として使った後にできる酸化マグネシウムは、太陽光励起レーザーで精錬してマグネシウムに戻します。

──これからのロードマップはどうなっていますか?

ある外国の企業が出資してくれることになり、この資金を使って今年中には沖縄の宮古島に実験施設を作ります。この施設では、海水の淡水化からレーザーによるマグネシウムの精錬まで全サイクルの実験を行います。投資を得られたので、政府からの補助金も必要なくなりました。

マグネシウム循環社会は、2025年に実現する

──エネルギー生産から、産業利用、リサイクルまで、1つの街で完結するんですね!

はい。宮古島の施設が成功したら、東南アジアの各所に同じような施設を作り、もっと大規模な実験を行う予定です。

うまく行けば、2025年頃にはマグネシウムをエネルギー源とした社会を実現できるのではないでしょうか。みなさんが考えるより、早いペースで進むと思っています。

──少し前には、水素社会という言葉がもてはやされました。マグネシウムではなく、水素をエネルギー源にしてもよいのではないでしょうか?

水素は、保管場所が問題になります。700気圧で保管すれば場所を取らないという人がいますが、700気圧に耐えられるタンクはごくごく小さいものしか作れず、結局は1気圧で保管するしかありません。日本が必要とするエネルギーをすべて水素にしたとすれば、日本中の地下が水素タンクになるでしょう。

──マグネシウム循環社会の実現可能性をどう見ていますか?

私は30年間レーザー核融合の研究をしてきました。レーザーを出す、金属を溶かして反応させる、そうした研究はマグネシウムの精錬や淡水化にすべて活かされています。そして、吉田國雄特任教授によるレーザー媒質。こうした要素が今この時期にすべて合わさったのはとても不思議で、自分はこれをやるために生まれてきたのではないだろうかという気すらします。実験を繰り返して実証データも蓄積されており、実現には絶対的な自信がありますよ。

研究者プロフィール

矢部 孝(やべ たかし)

現職は、東京工業大学・大学院理工学研究科・教授。1973年、東京工業大学工学部を卒業後、同大学助手に就任。その後、1981年に大阪大学・レーザー核融合研究センター講師、85年に同助教授、1995年には東京工業大学・教授となり現在に至る。また大学発ベンチャー「株式会社エレクトラ」の代表取締役も兼任。1999年の英国王立研究所200周年記念招待講演を行うなど、数多くの賞を受賞。現在、国際数値流体学会の名誉フェロー、計算力学国際連合の理事など。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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