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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

世界は、石油文明からマグネシウム文明へ(2)

2009年7月 3日

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海水中には無尽蔵のマグネシウムが含まれている

──マグネシウムを燃やしてエネルギーを生み出し、できた酸化マグネシウムは太陽光励起レーザーで還元して、またマグネシウムに戻すわけですね。しかし、リサイクルを綿密にやったとしても、エネルギー源になるほどの量があるのでしょうか?

この地球上には、マグネシウムが無尽蔵といってよいほどあります。海水中には石油30万年分に匹敵するマグネシウムが含まれています。

──ですが、海水からマグネシウムを取り出すにもエネルギーが必要になるでしょう?

そう思うでしょう(笑)。ここにもう1つのポイント「淡水化」があります。

2025年には、30億人分の淡水が不足すると言われています。最も広く使われている逆浸透膜方式で30億人分の淡水を作ったとすると、現在世界で使われている電気の半分が必要になります。

そこで、太陽光を使った淡水化装置を作り、特許を取りました。私たちは「エレクトラ」というベンチャー企業を興し、この装置を海外に販売しています。現在、アジアの二カ国から国家レベルの発注が来ています。

──太陽光を使って淡水化するということは、光を集めて水を蒸発させるということですか?

そういうことです。しかし、単純に熱を加えて蒸発させようとすると大量のエネルギーを消費します。

みんな、水は100℃にならないと蒸発しないと思っていますが、私たちが汗をかいたら自然に乾きますね。洗濯物も自然に乾きます。

──湿度が関係しているのですか?

はい。湿度のバランスをうまく調整することで、エネルギーをほとんど使うことなく淡水を作ることができます。

現在の逆浸透膜方式は、装置コストを1とすると、20年使った場合のランニングコストは20。

これに対して、私たちの装置は装置自体のコストも1桁安いですし、エネルギーもほとんど必要としません。スピードも速く、1台当たり1日10トンの淡水を作れます。2Lのペットボトルなら5000本分です。

──あとには、塩やその他の物質が残るというわけですね。マグネシウムはどう取り出すのでしょう?

淡水を取ったら、あとには塩(塩化ナトリウム)と、にがり(塩化マグネシウム)が残ります。塩とにがりを分離するのは、エネルギーが不要な昔ながらの方法を使います。

塩化ナトリウムと塩化マグネシウムの混合物に、上から少し水を掛けると、ぽたぽたと液体がしたたってくるのですが、これがほとんど塩化マグネシウムなのです。塩化マグネシウムは塩化ナトリウムより水に溶けやすく、この性質を利用するだけで簡単に塩化マグネシウムだけを取り出せます。

マグネシウム循環社会のイメージ。海水や砂漠の砂に含まれるマグネシウムを取り出してエネルギー源として利用。太陽光励起レーザーでふたたびマグネシウムに戻す。

マグネシウムがエネルギー源になると、世の中はどう変わる?

──あとは、太陽光励起レーザーで塩化マグネシウムをマグネシウムに精錬するというわけですね。それでは、マグネシウムは世の中でどう使われるのでしょうか?

まず、火力発電所です。現在の火力発電所では、石油や石炭で湯を沸かし、その蒸気でタービンを回して発電しています。マグネシウムの場合、水と反応させることで水素が発生し、この水素を燃やせば高温高圧の水蒸気が発生します。これでタービンを回して発電すればよいのです。これまでの火力発電所の設備は、タービンも含めてほとんどそのまま流用できます。発生した水素と酸素を反応させれば水になりますから、二酸化炭素も出ません。

自動車用の燃料電池も研究が進んでいます。例えば、米国のベンチャー企業は亜鉛燃料電池で動く自動車を2003年に開発しました。この自動車は百数十kg弱の亜鉛を積み、走行距離は600kmです。マグネシウムなら亜鉛に比べて3倍のエネルギー密度がありますから、10kgあれば200kmは走れるでしょう。燃料となるマグネシウムは、コンビニで売ることを想定しています。爆発もしませんし、少々水がかかっても大丈夫です。マグネシウムの価格は現在kg当たり300〜400円ですが、太陽光励起レーザーによる精錬で価格が下がれば、マグネシウム燃料電池自動車以外はすべて消えることになるでしょう。

──マグネシウム燃料電池も水と反応させるのですか?

火力発電の場合は水と反応させますが、燃料電池の場合は酸素と反応させます。酸素と反応させると水素が発生しないため、安全だからです。水素は軽いために自動車のどこかに貯まる可能性があり、引火すると爆発してしまいます。また、燃料電池の電極に水素が付くと、電極の性能が著しく低下します。現在の燃料電池は、高価な白金で水素を吸着しようとしていますが、それくらいなら最初から水素が発生しない反応を使えばよいのです。

マグネシウム燃料電池の技術的課題はほとんど解決されており、今は燃料待ちの段階。マグネシウムの価格が安くなれば一挙に実用化が進むでしょう。燃料電池を使って生じた酸化マグネシウムは、やはり太陽光励起レーザーを使ってマグネシウムに精錬できます。

400Wの太陽光励起レーザーを今年中に実現

80Wの太陽光励起レーザーなら、ステンレス板に一瞬で穴を開けることができる。

読書用ルーペなどにも用いられるプラスチック製フレネルレンズ。東工大のレーザー発生装置には、4㎡のフレネルレンズが使われている。

──太陽光励起レーザーを使って、いかに低コストでマグネシウムを精錬できるかにかかっているのですね。

2007年に北海道の千歳にレーザーの実験施設を作り、実験を重ねてきました。現在4㎡のレンズで集めた太陽光をレーザー媒質に当て、80Wのレーザーを出力できています。80Wのレーザーでもステンレス板に一瞬で穴を開けるほどの威力があります。しかし、4㎡に当たる太陽光は4kWですから、80Wというのは2%の変換効率でしかなく、このままでは商用化できません。目標の出力は400Wですが、すでに目処はついており、今年中には達成できるはずです。

──5倍の出力アップをそんなに簡単に実現できるものなのですか?

まず、レーザー媒質に混ぜるクロムの割合を増やします。理論的には、これだけで変換効率を3倍にできます。

また、太陽光励起レーザーではこういうプラスチックレンズを使っているのですが、この設計を改良します。

──えっ、こんなプラスチックレンズなんですか?

はい、これのサイズを大きくしたものを使っています。金型でどんどん作れますから、大量生産すれば製造コストはタダみたいなものですよ。

ただし、現在のレンズは気泡が混じっていたりして、太陽光を半分くらいしか集められていません。金型を作り直してレンズの精度を上げれば、太陽光の透過率は2倍にはなるでしょう。

レーザー媒質とレンズの改良を合わせれば、5倍の出力アップはそれほど難しくないと考えています。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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