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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

安価なナノチューブで二酸化炭素をしっかりキャッチ(3)

2009年3月12日

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イモゴライトと同じ構造を安価に合成する

材料となる、オルトケイ酸ナトリウムと塩化アルミニウム。

──今回の研究は、イモゴライトと同じような構造を持った物質を、安価に合成しようというわけですか?

はい。作り方は、オルトケイ酸ナトリウムと塩化アルミニウムの水溶液を混ぜ、95℃で1日加熱するだけです。材料はゼオライトの合成にも使われる安価なものですし、特殊な設備も必要ありません。それこそ、溶液の混合比率さえ間違えなければ小学生にも作れるほどです。

出来上がった物質は300℃の耐熱性があり、何度でもCO₂の吸着/脱着が行えます。

──開発された物質は何という名称なのですか?

まだ名前は確定していません。先ほど、オルトケイ酸ナトリウムと塩化アルミニウムの水溶液を加熱すると言いましたが、180℃で1日加熱した場合は、含水アルミニウムケイ酸塩(HAS)と粘土(CLAY)の特徴を併せ持った物質が出来上がります。HASとCLAYの特徴を持つ物質ということで、ハスクレイと名付けましたが、これが正式名称になるかどうかはまだわかりません。

ハスクレイのCO₂吸着性能は優れているのですが、100℃以上の高温で合成すると消費エネルギーも大きく、設備も複雑になります。今回発表したのは、ハスクレイ前駆体、つまりハスクレイになる前の状態(CLAYの特徴を持たないためハスクレイとはいえない)です。これはハスクレイよりもやや性能が劣りますが、安価に製造可能です。

回収したCO₂の活用が今後の課題

生成されたハスクレイ前駆体。セルロースと混ぜて紙状にすれば、フィルターとして使える。

──ハスクレイ前駆体を吸着剤に使うことで、CO₂の回収コストはどれくらいになりそうですか?

ゼオライト13Xを使う場合と比べて、原材料や製造の手間暇は同じです。あとは、真空で吸脱着する場合と、加圧して吸着させる場合の電力の差がどれくらいかということですね。目標としているのは、1t当たりのCO₂で2000円ですが、3000円でも産業界が動く可能性はあります。排出権取引の相場より500〜1000円高くても、CO₂を出さないというメリットがありますから。

──新しいCO₂吸着材は、どういったところで使われるのでしょう?

鉄鋼、セメント、電力の業界は、ほかとは桁違いのCO₂を排出しますので、こういうところで使われると効果は大きいでしょう。

また、PSA法はアミン法に比べて、小型化が用意で、吸脱着に時間がかからないというメリットもあります。自動車に取り付けてCO₂を回収することも可能かもしれません。

CCSについては、コスト全体の9割を回収コストが占めています。回収コストが下がれば、CCSの取り組みにも弾みが付く可能性が高いでしょう。

──回収したCO₂をCCSで貯留するだけでなく、何かに利用することはできないのでしょうか? CO₂からプラスチックを作る研究も行われていると聞きますが。

尿素の合成にもCO₂が必要なので、こうした用途に回収したCO₂を使うことは可能でしょう。しかし、CO₂から何かを作り出そうとすると、エネルギーが必要になり、ここで化石燃料を使うとまたCO₂が出てしまいます。

私がいちばんよいと思うのは、植物に吸着させる方法です。

ビニールハウスの温室栽培では、植物の発育を速めるためにCO₂濃度を上げるということが実際に行われています。例えば、成長の速い藻類に回収したCO₂を吸着させ、そこからバイオエタノールを生成できれば、食料問題も起こさず、エネルギー循環としてはいちばんよいのではないでしょうか。

研究者プロフィール

鈴木正哉(すずきまさや)

1968年東京都生まれ、1991年東京大学理学部地学科卒業、同大学大学院理学系研究科鉱物学専攻博士課程修了(理学博士)。1996年工業技術院名古屋工業技術研究所入所、2001年(独)産業技術総合研究所深部地質環境研究センター異動、2007年より同研究所地圏資源環境研究部門所属。天然に存在するナノ物質(イモゴライトなど)の合成と応用(特にデシカント空調用吸着剤)、高レベル放射性廃棄物処分におけるコロイドの研究に従事。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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