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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

灼熱のアフリカを潤す「植物スプリンクラー」(2)

2008年12月 4日

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高度な灌漑技術を導入できないアフリカの現実

──既存の灌漑技術には、問題があるのでしょうか?

アフリカのほとんどの国は、基本的に社会インフラが整っていません。高度な灌漑技術をアフリカ全土に広めるのは至難の業でしょう。

例えば、先進国で行われている高度な灌漑技術として、点滴灌漑があります。これは、農耕地に配水管を張り巡らし、少しずつ水分をしみ出させるという方法です。点滴灌漑では水資源の利用効率が高く、供給した水分の80〜90%が作物に吸収されます。ところが、面積当たりの建設コストが高いのです。また、塩ビ製のチューブなどは、灼熱のアフリカではすぐに劣化してしまい、維持コストも膨大になってしまいます。

一方、土木工事で用水路を作る大規模灌漑にも問題があります。大規模灌漑は、点滴灌漑などの小規模灌漑に比べて面積当たりの建設コストは安くなりますが、水資源の利用効率が50%程度しかないのです。

──淡水資源は貴重ですからね。

それだけではありません。植物が吸い込む前に水分が蒸発すると、水に含まれているさまざまな塩類が農耕地に集積されていってしまうのです。塩類集積によって、農作物を収穫できなくなる塩害が起こります。植物スプリンクラーならば、現地にある植物をそのまま使うためコストを低く抑えられますし、水の利用効率も高くなります。

複雑な装置なしで、効果的に灌漑を実現

島根での実証実験の様子。小松菜の周囲に深根性植物が植えられている(地上部分は刈り取られている)。

──実際の農耕地では、どのように植物スプリンクラーが使われるのですか? 水圧リフトが起こるのは、気孔が閉じる夜間ということですが。

通常だと、昼間は気孔から蒸散が起こるため、深根性植物は表層近くの根からも水分を取り込みます。本来栽培したい作物と、水の取り合いになってしまうため、これはまずい。そこで、茎や葉といった、深根性植物の地上部分を全部刈り取ってしまいます。そうすると、夜間と同じ状態になり、水圧リフトが常に起こると考えました。

──刈り取ったら枯れてしまうということはないのですか?

植物スプリンクラーとして選んでいる深根性植物は、アルファルファといった牧草類です。再生力が極めて強く、刈り取っても問題ありません。刈り取る代わりに、黒い布をかぶせておいても、やはり夜間と同じ状態になるため水圧リフトが起こります。ただ、刈り取らないと、他の作物への日当たりが悪くなると言う問題がありますが。

──深根性植物はただ植えておけばいいんですか?

1本の深根性植物で水を供給できるのは、半径30cm程度です。効果的に灌漑を行うため、栽培作物の両側に深根性植物の列を作っています。また、肥料などで誘導することにより、表層近くにある深根性植物の根を遠くまで伸ばせる可能性もあります。

──作物を収穫する際に、根が絡まったりしないのでしょうか?

基本的に植物スプリンクラーで灌漑する作物は、地上部分が収穫対象となるものを考えています。深根性植物の種類によっては、びっしりと根を張りますから、イモなどの地下部分を収穫するのは面倒かもしれません。

──気候や栽培条件に制約はあるのでしょうか?

左から、ギニアグラス、サンヘンプ、キマメ、そして何も植えていないプランター。各プランターは上下2段に仕切られており、下層部には水が入っている。写真は水をやるのをやめてから、3日後の状況。植物スプリンクラーのないプランターはすぐに乾くが、ギニアグラス、サンヘンプのプランターは十分に潤っている。

必須条件は、地下水があるということ、その地下水に有害な物質が含まれていないということです。共同研究者の荒木英樹さん(山口大学助教)が土壌についてシミュレーションしたところ、砂よりも粘土質で効果が出やすいようですね。

気候については、湿潤なところだと水圧リフトが起こりにくいのですが、そういうところではそもそも植物スプリンクラーを使う必要がありません。日本の島根で実証実験を行っているのですが、それは島根にも鳥取のような砂丘があり、乾燥した条件を作りやすいからです。

海外では、ナイジェリアや中国の河北省でも実験を行っています。中国の実験場は、冬には氷点下になる寒冷地です。

──植物スプリンクラーになる深根性植物は?

基本的には土着の植物を使い、日本から種を持って行く必要はありません。あくまで、現地の環境に適した植物を使います。最初に実験に使ったのはキマメですが、それ以外にシロクローバー、トールフェスク、ギニアグラスなどの放出能力が高いことがわかってきています。

──植物スプリンクラーがあることで、作物の収量はどれくらい変化するのですか?

島根の実証実験では、植物スプリンクラーのある場合とない場合を比較すると、重量比で最大2倍ほどの差が出ました。これは小松菜を使った結果です。小松菜のように水を含んだ状態で出荷する作物は、大きな違いが出る傾向があります。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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