灼熱のアフリカを潤す「植物スプリンクラー」(1)
2008年12月 4日
(これまでの 山路達也の「エコ技術者に訊く」はこちら)
食糧不足に苦しむ途上国は乾燥地域にあることが多く、高度な灌漑インフラも導入できずにいる。こういう状況に救いをもたらす可能性を秘めた技術が、名古屋大学の矢野勝也助教、および関谷信人氏の開発した「植物スプリンクラー」だ。今まであまり知られていなかった植物の生態を利用することで、安価に効果的な灌漑を実現できるという。矢野勝也助教に同技術の詳細をお聞きした。
植物の根は水を放出していた
──植物スプリンクラーという灌漑技術を研究されているということですが、これはどのようなものなのですか?
キマメや牧草の多くは深根性植物と呼ばれ、地中深くまで根を張ります。これらの植物では、水圧リフト(Hydraulic lift)という現象が起こることが知られており、これを灌漑に利用できないかと考えました。
──水圧リフトとはどのような現象でしょう?
昼間、植物は葉にある気孔を開きます。植物中の水分はより乾いた方へ行こうとして、気孔から空気中へ蒸散していきます。この駆動力によって、植物は根から地中の水分を吸い上げているのです。それでは、夜間はどうなるかというと、気孔は閉じているため空気中へ蒸散しなくなります。行き場をなくした水は、地中深くよりも乾燥している表層近くの土壌に水分をじわりと放出する、というわけです。
──根は水分を吸い込むだけでなく、放出もするんですね。
水分を放出する現象自体は1930年代に報告がありましたが、ほとんど注目されていませんでした。水圧リフトが起こるとしても、それで放出される水分の量はごくわずかだと考えられていたのです。ところが、最近になって状況が変わってきました。変化をもたらしたのは、「安定同位体比質量分析計」という機械です。
安定同位体比質量分析計で、水の由来がわかる
──何をするための機械なのでしょう?
同位体というのは、同じ原子番号であっても、質量が異なる元素を指します。例えば、通常の水に含まれている水素原子(H)の質量数は1です。しかし、水素の同位体として、質量数が2の重水素(D、あるいは²Hと表記)や三重水素(T、³H)もあり、これらの原子を多く含む水は、重水と呼ばれます。安定同位体比質量分析計を用いると、物質に含まれる同位体を厳密に測定することが可能になります。同じ水にしても、それが地下水由来なのか、雨水由来なのかを分析できるのです。
──水をマーキングできるようになったということですか?
そういうことです。1930年代の技術では放出される水が何に由来するかを調べられませんでしたが、安定同位体比質量分析計によって、汲み上げられた地下水が表層近くで放出されていることを確認できました。
──これを灌漑に使おうというのはユニークなアイデアですね。
この研究を始めるきっかけになったのは、私の指導学生だった関谷信人氏です。関谷氏は学部生の時、アフリカのザンビアに青年海外協力隊の一員として赴きました。彼は2年間の任期を経て帰国し、修士課程に進んだのですが、アフリカの役に立つ研究をしたいという希望を持っていました。
その時、たまたま安定同位体比質量分析計が研究室に導入されたのです。2人で知恵を絞り、深根性植物を使った灌漑というテーマで研究をスタートさせました。関谷氏は、ザンビアで実証実験を行い、実際の農耕地で水圧リフト現象が起こることを世界で初めて確認しました。
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