光を当てれば回り出す「光プラスチックモーター」の驚異(3)
2008年11月14日
筋繊維の10倍のパワーを出せる、見かけによらない力持ち
──アゾベンゼンのフィルムはいったいどれくらいの力を出せるものなんですか?
たくさん架橋するほど力が強くなることがわかりました。この場合で、1300kPa(キロパスカル。1N(ニュートン)の力が1m²にかかっている時、1Paになる)でした。ちなみに、人間の筋繊維だと300kPaになります。
──筋繊維の4倍以上とは、けっこうなパワーですね。
アゾベンゼンだけで高分子を作った場合、表層にある1μmの分子がすべて光を吸収してしまいます。要するに、ほとんどの分子は、実際に力を出す役に立っていないわけです。
そこで、光に反応しない液晶高分子の中に、アゾベンゼンの高分子を少しだけ入れたフィルムを作りました。これによって、もっと深い層からも力を出せるようになると考えたのです。
──密度が低いと力は弱まらないのですか?
その心配はありません。なぜなら、アゾベンゼンは引き金に過ぎないからです。ものすごくアゾベンゼンの濃度が低くなれば別ですが、密度が1/4程度なら(面積当たりで)出せる力に違いはありません。計測した結果は、2620kPa。筋繊維の10倍近い値です。
──曲げ伸ばしは何回でも行えるのですか?
100℃の環境で試験を行いました。7秒間紫外光を当てたあと、光を切って36秒間放置のサイクルを繰り返しました(アゾベンゼンは可視光に当てるほか、100℃程度の温度でもシス状態に戻る)。30時間、2500回繰り返しても、フィルムの力は変化しませんでした。
ただし、このフィルムはごわごわしていてもろく、加工しづらいという欠点がありました。そこで、低密度ポリエチレンと積層にしました。
こうやって作ったフィルムを使って、ロボットアームや尺取り虫のような構造体も作ってみました。光を当てると動き出す様子は手品のようですよ。
──プーリーの実験で使ったフィルムもこれですね。
はい。どうしてフィルムの曲げ伸ばしが回転運動になるかよくわかっていなかったのですが、共同研究を行っているケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所が1つの解釈を出してきました。サイズが大きく異なるプーリーでは、紫外光で縮む力と可視光で伸びる力のバランスがうまく取れるらしいのです。
──長時間回し続けることはできるのですか?
実験に使った第2世代のフィルムは、ラミネート加工したようなもので、アゾベンゼンの高分子を無理矢理ポリエチレンに貼り付けたような構造です。曲げ伸ばしすると無理な力が加わることになるので、すぐによれてしまいます。現在研究を進めている第3世代のフィルムでは、化学結合を使いますから、今よりはるかに丈夫になるはずです。
紫外光と可視光の当てる箇所を調整することで、フィルムにロボットアームのような動きをさせることも可能。
水面を走る船、飛び続ける飛行船も実現可能に
──光プラスチックモーターが実用化されれば、交通機関も大きく変わりそうですね。
光プラスチックモーターなら配線も電極も不要で、ただ光を当てるだけで動きます。雲の上なら太陽がいつでも照っていますから、飛行船や無人気象観測装置の動力としても使えるでしょう。今の太陽電池パネルは結構重量がありますが、光プラスチックモーターならかなり軽く作れるはずです。
軽いことを活かして、船とか自動車にも応用できるでしょう。数mmレベルのマイクロマシンにも使えそうです。
──大量生産は可能なのですか?
アゾベンゼンはアニリンやフェノールなどを原料にして作りますが、いずれも一般的に使われている物質です。また、光プラスチックモーターのフィルムは、表面コーティング剤のようなものであり、印刷するようにして安価に製造できます。
──実用化までのロードマップはいかがでしょう?
先ほど第3世代のフィルムの話をしましたが、すでに第4世代の構想もできています。第4世代では、分子レベルで精密に構造を制御する予定で、もっと効率的に力を出せると考えています。
私はあと6年半で定年になりますから、それまでに最低限ミニチュアの車を動かして見せますよ(笑)。
池田富樹教授(左)と、
実験を担当する宮里遼大学院生(右)。
研究者プロフィール
池田富樹(いけだとみき)
[専門]高分子化学,光化学,材料化学。[略歴]1973年京都大学工学部高分子化学科卒業、1978年京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻博士課程修了、英国リバプール大学博士研究員(1978-1981)などを経て、1994年より現職。[受賞歴]高分子学会賞(2003)、日本液晶学会賞 (1999)。[学会活動歴等](1)日本化学会筆頭副会長(2006)、(2)日本化学会副会長(2005)、(3)日本化学会関東支部長(2004)、(4)日本液晶学会副会長(2009、2003)、(5)日本学術会議連携会員(2006-)、(6)日本化学会ナノテク・材料化学ディビジョン主査 (2006-)。[ジャーナル]Associate Editor, Journal of Materials Chemistry (RSC, UK)
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