光を当てれば回り出す「光プラスチックモーター」の驚異(2)
2008年11月14日
分子の変化が連鎖していく「協同現象」を起こせ
──分子レベルの変化を目に見えるようにするにはどうすればいいのですか?
これがけっこう難しいのです。物質に含まれる1つの分子を変化させても、その変化は周りに吸収されてしまい、全体として何も変化しません。
そこで、私たちは「協同現象」を使うことにしました。協同現象というのは、物質中にある1つの分子が変化すると、それが将棋倒しのように系全体に広がっていくことを指します。
この協同現象を我々の研究テーマである高分子材料で起こしたかったのです。高分子というのは、多数の分子が結合してできた巨大分子のこと。プラスチックやタンパク質、ゴム、ナイロンなど、身の回りに使われる材料のほとんどは高分子といってもよいほどです。
──協同現象を起こす物質にはどんなものがあるのでしょう?
典型例として挙げられるのが、テレビにも使われている液晶ですね。液晶パネルに電圧をかけると、液晶分子が一斉に特定の方向を向き、それがシャッターとなって光を遮ったり、逆に通したりして画面に像を映し出します。
こうした液晶の性質を高分子に持たせ、引き金となる刺激を与えれば、協同現象によって大きな変化が起こせるだろうと考えました。刺激には光を使います。
世の中には、光を当てると色が変わる物質がたくさんあり、これらは光を当てることで分子構造が変化します。私たちが使っているのは、アゾベンゼンという物質です。アゾベンゼンの分子には、棒状のトランスとV字型をしたシスという2つの状態があります。トランス状態のアゾベンゼンに紫外光を当てるとV字型のシスになり、シスに可視光を当てるとトランスに戻ります。
──どうやってアゾベンゼンに液晶の性質を持たせたのですか?
1987年、液体状になっている低分子の液晶に、これも低分子のアゾベンゼンを混ぜるという実験が行われました。トランス状態のアゾベンゼンは棒状ですから、液晶の配列に影響を与えません。しかし、紫外光を当てるとアゾベンゼンはシス状態になり、液晶がきちんと並ぶのを「効率よく」邪魔するんですね。可視光を当てると、またきちんとした配列に戻ります。
ただし、低分子だと流動性が高いため、変化が起こってもそれが物質全体には伝わりにくいのです。そこで、私たちは分子を数珠上にくっついた高分子を作り、同じ反応が起こることを確かめました。
高分子を「架橋」してさらにパワーを引き出す
──高分子だとどういうメリットがあるのですか?
低分子材料は基本的に液体ですから、液晶パネルでも2枚のガラスで液晶分子を挟む構造になっています。ところが高分子材料は固体なので、フィルム状にすることができます。さらに、高分子を「架橋」することで、より大きな力が生まれます。
──「架橋」とはどういうことでしょう?
高分子の鎖同士を化学反応で結びつけることを指します。ゴムの弾力性を増すために加硫(硫黄を加えること)が行われますが、これも架橋の一種です。
高分子というのは1本の糸のようなもので、原理的には1本だけをつまんで取り出すことができます。しかし、鎖のあいだを架橋すると、芋づるのように全体が結びつくことになります。協同現象で将棋倒しのように起きた反応が、さらに全体に伝わりやすくなるのです。
液晶高分子を架橋すると、液晶の性質に加えてゴムのような性質も現れ、これを液晶エラストマーと呼びます。この液晶エラストマーは、温度変化などによって液晶分子の配列が変わると、大きく変形することが知られています。ということは、アゾベンゼンで作った液晶エラストマーに光を与えれば、同じように液晶分子の配列が変わって変形するのではないか。
そう考えて、研究を進めていたところ、面白い結果が出てきました。アゾベンゼンはそれ自身が液晶の性質を持っていたのです。
曲がる方向をコントロールできるフィルムができた
──えっ、アゾベンゼンは協同現象を起こさないから、液晶との化合物を作ったわけですよね?
はい。しかし、アゾベンゼンを架橋する研究をしているうちに、液晶の性質を示すアゾベンゼンの化合物が存在することがわかりました。これは研究室の学生が偶然気づいたことで、非常にラッキーでした。理論的な予想もしていなかったのですから。
となると、液晶なしでアゾベンゼンだけで高分子材料を作ればいいことになります。こうやって作ったのが、2003年に発表した厚さ10μm程度のフィルムです。
──紫外光を当てれば曲がり、可視光を当てるとまっすぐになるんですね。
最初に作ったフィルムではアゾベンゼンの分子がすべて同じ方向を向いているため、フィルムが曲がる方向は作った時点で決定されていました。そこで、小さな領域(ドメイン)をいくつか作り、領域ごとにアゾベンゼン分子の配列を揃えたフィルムも作りました。こうしておくと、光の偏光方向を変えることでフィルムが曲がる方向を自由に制御できることになります。さらに、アゾベンゼンの分子を立たせた状態のフィルムにすると、光を当てたのとは逆方向に曲がることもわかりました。
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