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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

廃熱を直接電気に変える「熱電変換」最前線(2)

2008年9月 2日

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発想の転換がもたらした高効率の熱電変換材料

材料は炉の中で溶融させたあと、いったん粉末にする。その粉末に、ホットプレスという機械(写真)で高温高圧をかけて焼結させる。

──ZTは高ければ高いほどよいのですか?

山中:はい。ZTが10くらいになると、まったくロスのない理想的な材料ということになります。1960年以降、ZTは1程度で頭打ちになっており、これだと変換効率は数パーセントです。熱電変換の分野で目標としているのはZTが2を超えることで、こうなると最大変換効率は20%になります。

ごく最近になって、ZTが1.5に近い材料もいくつかの研究チームから報告されるようになってきました。ただ、1.5を達成した材料でも再現性の低いものが少なくないのです。我々の熱電変換材料は1.5を実現しており、なおかつ再現性が高いということがポイントになります。

──製法などに特徴があるのでしょうか?

黒崎:ZTが1を超える熱電変換材料を作るには、いくつかのアプローチがあります。1つは、ナノテク技術を使うやり方です。材料の上に薄膜を積層することで熱伝導率だけを下げ、普通の材料では出せないZTを達成するのです。あるいは、偶然発見された熱伝導率の低い物質を用い、その電気伝導率を高めるというアプローチを取っている研究チームもあります。我々の研究室も元々はこういう探し方をしていました。

一方、今回の熱電変換材料は、オハイオ州立大学のHeremans博士の提案に基づいています。彼によれば、用いる材料はすでに知られているものでよく、熱伝導率は極端に低くなくてもかまわないというのです。この材料に含まれる電子のエネルギー状態を操作することで、起電力や電気伝導率を高めることができれば、ZTの高い化合物を作れるというのが彼のアイデアです。この手法ならば、材料に微量の元素を加えて溶かして固めるだけですから、製法が比較的シンプルになり、再現性も高くなります。

──どのような材料を使っているのですか?

山中:鉛テルルに少量のタリウムを添加しています。

──いずれも毒物ですね。

山中:これらの物質自体は、熱電変換の世界では古くから知られており、試行錯誤的に材料を混ぜ合わせることは今までにも行われてきました。今回は、電子のエネルギー状態を変えるためにどうすればいいのかを理論的に予測して、それを実証できたことに意義があります。

テルルやタリウムは資源量も少なく、毒物であるため取り扱いが難しいのですが、今後はこの理論に基づいて無害な物質を使った熱電変換材料を作れる可能性もあります。熱電変換における1つのブレークスルーといえるでしょう。

──どのような研究体制なのでしょうか?

黒崎:オハイオ州立大学のHeremans博士が理論的な予測に基づいて、材料の配合を提案しました。我々の研究室は独自技術を使って試料を作り、カリフォルニア工科大学のチームが試料の特性を測定しています。

自動車の燃費向上や太陽電池パネルとの連携に利用

──今後の研究開発ロードマップを教えてください。

山中:熱電変換に使われる素子は、p型、n型という特性の異なる2種類の半導体で構成されます。今回開発したのはp型ですが、n型のZTも1.5を超えれば、変換効率が10%以上の熱電変換素子が作れます。こうなると、廃熱を回収して発電することもコスト的に可能になるでしょう。

環境やエネルギー問題を考えると、1年は無理にしても、5年から10年の間には熱電変換による発電技術を世の中に出していく必要があると考えています。

──どのような用途に使われることになるのでしょう?

大阪大学の山中伸介教授(左)、黒崎健助教(右)

山中:この研究に資金提供している米国BSST社の親会社アメリゴン社は、自動車部品を扱っています。自動車部品に使うことは当然想定しているでしょうね。トヨタのプリウスでは、廃熱を熱湯として蓄えて、エンジン始動時に再利用することで燃費の削減を図っています。自動車の廃熱利用はこれほどに大変なのです。こうしたところに熱電変換技術を応用すれば、より一層燃費を節約できるでしょう。自動車の場合、熱電変換技術を使うことでラジエータをなくすことも可能だと思います。そうすれば、デザイン的にも相当なインパクトの自動車が作れるはずです。

また、太陽光電池パネルとのハイブリッドや、燃料電池の廃熱を有効利用するといったことも考えられます。

研究者プロフィール

山中伸介(やまなかしんすけ)

昭和54年3月、大阪大学工学部原子力工学科卒業。昭和56年3月、大阪大学大学院工学研究科原子力工学専攻博士前期課程修了。昭和58年6月より大阪大学助手、同助教授を経て、平成10年5月より同教授。専門は、環境・エネルギー材料工学と核燃料工学。幅広いエネルギー変換技術や、社会・生活に役立つ技術を構築することを目指し、日々研究をすすめている。

黒崎健(くろさきけん)

平成7年3月、大阪大学工学部原子力工学科卒業。平成9年3月、大阪大学大学院工学研究科原子力工学専攻博士前期課程修了。平成10年8月より大阪大学助手、現在に至る。専門は、環境・エネルギー材料工学と核燃料工学。平成17年8月、国際熱電学会最優秀論文賞受賞。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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