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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

深海の超好熱古細菌が作る、未来の水素社会 (2)

2008年5月23日

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熱にも酸素にも強い超好熱古細菌が見つかった

──水素を生産するのは、従属栄養細菌なんですね。

1996年、私たちのグループは世界に先駆けて、Aeropyrum pernix という新属の超好熱古細菌をトカラ列島から分離しました。また、2004年小笠原トラフの深海熱水孔からは、同属の新種 Aeropyrum camini を分離しています。いずれも90℃以上で増殖可能な絶対好気性超好熱古細菌です。

それまで、超好熱菌はすべて嫌気性(増殖に酸素を必要としないこと)だと考えられていました。しかし、熱水噴出孔の周辺には酸素呼吸をする魚介類もいますから、好気性(酸素を利用することができる)の超好熱菌もチムニーの表面にはいるはずだと私は考えており、それを実証できました。

──海底の高温高圧の環境から、サンプルを生きたまま採取できるものなんですか?

海底から引き上げると、急激に圧力が変化するため、死んでしまう細菌もいると思われます。温度に関しては、好熱菌の多くは高温でも低温でも生存できる種が多いですね。いずれにせよ、今のところは引き上げて生き残ったものを利用しています。

通常、海底から採取した細菌は、気相を窒素ガスで置換して嫌気的に培養するのですが、Aeropyrum camini は好気的に培養して分離できました。

──好気性かつ超好熱の細菌から酵素を取り出すのは、どういう利点があるのでしょう?

水素生成の触媒となる酵素「ヒドロゲナーゼ」は、タンパク質なので熱に弱く、また一般的に酸素にも弱いという欠点があります。反応が起こる活性中心にニッケル-鉄といった金属原子があるため、酸素と結合(酸化)しやすいのです。

金属原子が酸化すると、失活といって酵素としての働きを失ってしまいます。嫌気性の細菌が持つヒドロゲナーゼを取り出して水素を生成しようとしても、すぐ酸素と結びついて失活してしまうため、なかなか研究が難しかったのです。

Aeropyrum camini 由来のヒドロゲナーゼ(私達は愛情を込めてスーパーヒドロゲナーゼと呼んでいます)も酸素に触れさせない方がよいのですが、これまでのヒドロゲナーゼに比べれば段違いの耐酸素性があります。細菌から酵素を取りだして調べたところ、従来のヒドロゲナーゼは酸素に触れると数秒から数分程度で失活していましたが、スーパーヒドロゲナーゼは150時間以上活性を示します。

──好熱菌の酵素は、タンパク質なのに80℃、90℃の高温にも耐えられるのはなぜでしょう?

その仕組みはまだ完全には解明されていません。超好熱菌のタンパク質を構成するアミノ酸は特殊なものではありません。疎水性(水に溶けにくい)のアミノ酸は多いのですが、これらも一般的な既知のアミノ酸です。

好熱菌の酵素では、ホールディングといって、タンパク質の折りたたまれ方が異なるようです。また、タンパク質分子内の空間が狭く、水分子が入りにくい構造にもなっています。熱を加えるというのは非常に強い運動を分子に与えることですが、そうした運動にもつぶれない構造になっているのでしょうね。

──好熱菌は、古くから存在している生物なんですか?

嫌気性の好熱菌が誕生したのは、地球がまだ熱かった約40億年前。元々タンパク質にしろ、DNAにしろ、耐熱というより好熱が基本的な性質だったと考えられています。私たちの研究している細菌が何十億年前からいたものかどうかはわかりませんが、ルーツはそういうところにあるのでしょう。

水素発生の実験装置。左の瓶にはスーパーヒドロゲナーゼが入っており、電極に微弱電圧をかけると効率良く水素が発生する。中央の装置によって、発生した酵素活性が測定される。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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