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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

深海の超好熱古細菌が作る、未来の水素社会 (1)

2008年5月23日

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(これまでの 山路達也の「エコ技術者に訊く」はこちら)

排気ガスを出さずに走る燃料電池自動車、各家庭に設置された発電装置--。そうした水素社会のビジョンは数年前に比べて大幅にトーンダウンした。理由の一つは、安価な水素生産がすぐには実現できないとわかってきたためだ。だが、水素の大量生産を目指す研究は今でも世界中で続いている。中でも有望といわれるのが、深海の古細菌から取り出した酵素を使った水素生産だ。京都大学大学院 農学研究科の左子芳彦教授に、研究の現状をうかがった。

深海熱水噴出孔に展開する驚異の生態系

──数年前には、水素をエネルギー源として用いる水素社会のビジョンがマスメディアを賑わしましたが、現在ではかなりトーンダウンしています。既存の水素生産技術にはどのような問題点があるのでしょう?

水素を生成するためのコストやエネルギーがネックになってきます。天然ガスや石油を高温で分解して水素を作る方法や電気分解による方法がありますが、そのために大量の化石燃料を使っていては意味がありません。また、触媒には白金などのレアメタルが使われますが、資源量の少ないこれらの金属を持続的に用いるのは無理があります。

──左子教授は、深海熱水噴出孔に生息する細菌の研究を長年にわたって続けられていますね。

十数年前ドイツに留学していた時に、超好熱菌深海熱水噴出孔研究の第一人者K.O.Stetterを訪問したことがこの分野に興味を持つきっかけとなりました。帰国後、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の「しんかい6500」をはじめとする深海調査船によって日本近海に熱水噴出孔が次々と発見され、日本国内でも研究が盛んになりました。

海底には、熱水に含まれる重金属が沈殿して、チムニー(煙突)という数cmから数十mの構造物が突き出しています。陸上の1気圧の環境だと水は100℃で沸騰しますが、深度1000~3000mのチムニーの中心では水温が300℃以上にもなります。こうした高温の環境にもさまざまな微生物が生息しています。

──どのような生物ですか?

一次生産者となるのが、熱水に含まれる二酸化炭素(CO2)を使って自分の体を作る好熱水素細菌です。地上でいえば、光合成を行う植物に相当しますが、日光は必要としません。

こうした独立栄養生物が作った有機物や死骸を、従属栄養のバクテリアや古細菌が分解して水素を発生させます。さらに、こうした微生物を食べる繊毛虫、貝やエビもチムニーの周りに高密度に生息しています。彼らは、地上でいえば草食動物や肉食動物に当たります。

サンゴ礁は海の熱帯雨林と言われ、生物生産量が豊富です。深海熱水噴出孔にも豊かな生態系が成立していますが、食物連鎖の最初が植物ではなく独立栄養細菌です。

小笠原トラフ水曜海山の深海熱水孔。

深海熱水孔における微生物生態系。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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