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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

巨大風車の船団が大海原を行く 4/4

2008年3月21日

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浮体の上で工場を稼働させる

──技術的な課題はかなり解決できそうですね。

核融合のようにまだできていない技術ではありませんから。既存技術を適用していますので、今から作り始めることも不可能ではありません。

──技術面以外にもさまざまな課題があると思います。例えば、環境に与える影響はいかがでしょう?

浮体は4ノットくらいでゆっくり動き回りますし、廃棄物も垂れ流さないので、海中への影響はほとんどないと思います。また、岸にも近寄らないので、沿岸漁業への影響もないはずです。ただし、マグロ漁などに関しては、どのような海域で漁を行っているかなど、もっと詳細な調査が必要でしょうね。

──今の法律は、これほど巨大なものが航行することを想定していないのでは。

動く島のようなものですから、どの辺りをどちらに向かって進んでいるかという情報は人工衛星を通じて、知らせなくてはなりません。将来的に数多くの浮体を作ることになれば、法制面の整備も必要でしょう。

──浮体は自動航行させるのですか?

洋上風力発電を実用化することになれば、浮体で船団を作ることになります。基本的に浮体は、風の状態を計算して自動航行することになりますが、安全のためそのうちの1隻には人が乗り込むことになるでしょう。

──長さ1880m、幅70mという浮体が船団を作っているのは、壮大な光景でしょうね。

風車に効率よく風が当たるようにするには、浮体を前後左右にそれぞれ2kmずつ離すのがよさそうです。9隻で1つの船団を構成するイメージです。

──台風は発電に使えませんか?

使いたいところですが、台風に耐えられる浮体構造となると強度や重量も大幅に強化しなければなりません。それよりは海が荒れている時は逃げるようにしたほうがよいでしょう。現在の風車はだいたい秒速14~15mで最高の性能を発揮するように作られています。秒速20m、波高6mくらいまでは何とか耐えてそれ以上になったら逃げると。

南の海は、平均的な風速が弱く、台風も来ます。洋上風力発電に適しているのは台風が来なくて風の強い、北海道沖や三陸沖ということになるでしょう。

──陸上の風車だと、鳥が巻き込まれて死んでしまう「バードストライク」が問題になっています。そういうことは起こりませんか。

バードストライクについては、浮体は陸地から離れたところを航行するので、あまり海鳥もいないはずです。それに、陸上だと騒音が問題になりますが、大きな音が出ていれば鳥も気づきやすいのではないかと思います。ただ、低周波が出る可能性があるので、もしかしたら鯨に影響が出るかもしれません。これは今後の調査が必要です。

──音が大きいとすると、浮体の上で勤務する人は大変そうですね……。

まあ、小さな船ではありませんから、いろいろな設備を作って対策を採れるでしょう。本当を言えば、浮体の上には工場を造るのが望ましいのです。洋上風力発電で目標としているEPRは19ですが、一度水素に変換して陸上に運ぶとなるとここまでの値は出せません。浮体上に自動車工場などを載せ、風車で作った電気を直接利用するのが理想的です。浮体はバラストを載せないと浮かび上がってしまうほどですから、上に重量物を載せることは問題ありません。ここで作った工業製品を直接海外に輸出すれば、輸送費も抑えられます。

──実現に向けてのロードマップはどうなっていますか?

近い将来にスケールモデルなどを作り、実証実験を進めていきたいと考えています。ただ、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が着底型の風力発電を提案しているので、予算の優先順位はそちらが先になりそうです。

我々国立環境研究所は、今回のコンセプトを提唱しましたが、実現可能の検討は各分野の専門家の方々に協力していただきました。まだプロジェクトは机上での目処が立ったところですから、更に造船関連など多くの分野の技術者にも参加していただき、お知恵を拝借したいと考えています。

それに、日本が使っているエネルギー量はとにかく多すぎるので、省エネを行って太陽エネルギーでまかなえるレベルに近づけていくことがまずは重要でしょうね。

研究者プロフィール

1968年、大学が大荒れの時に入学。1977年、無機化学・錯体化学で博士号取得。1979年、当時の環境庁国立公害研究所入所。環境計測・分析化学研究に従事。2006年度から環境研究基盤技術ラボラトリー長。好奇心旺盛で、多様な研究が行われている国立環境研究所に職を得ていることを大いに感謝している。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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