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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

巨大風車の船団が大海原を行く 2/4

2008年3月21日

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電気エネルギーを水素に変えて、陸上に輸送する

──洋上に浮かべるとなると、発電した電気はどうするのでしょう?

陸地に近ければ海底にケーブルを敷設して電気を送ることもできますが、非係留タイプだとケーブルをぶら下げて走るわけにはいきません。エネルギーを蓄えて運ぶ手法が必要になります。2003年頃は、理想像として水素社会が語られていたということもあり、発電した電気を水素として蓄え、運ぶことにしました。例えば、発電した電気エネルギーの80%を水素に変換できたとして、その水素を5重量%程度で運搬する手段で陸上に持ってきて、50%くらいの効率の発電所で再度電気エネルギーにしたとします。これはそれほど無理な条件ではありませんが、同じことを蓄電池で実現しようとすると、1kg当たり1kWhのエネルギーが蓄えられなければなりません。現在、市販のリチウム電池で1kg当たり100Whと1/10のレベルですから、蓄電池を使うとその輸送のために膨大な輸送船を必要とするため、電気を電気のまま運ぶ方法は困難だと判断しました。

──水素はどういう形で蓄えられるのですか?

普通に海水を電解して水素を取り出そうとすると、いっしょに塩素もできてしまいます。しかし、東北工業大学の橋本功二教授が、塩素を出さない手法をすでに開発していました。この手法で作られた水素をベンゼン(C6H6)と反応させると、シクロヘキサン(C6H12)という物質になります。つまり、

  1. ベンゼンを陸上(エネルギー消費地)から浮体(エネルギー生産地)に輸送
  2. 浮体上でベンゼンと水素からシクロヘキサンを生成
  3. 陸上にシクロヘキサンを輸送
  4. シクロヘキサンから水素を取り出してベンゼンに戻す
  5. 水素で発電
  6. 1. に戻る

という流れになります。ベンゼンもシクロヘキサンも液体のため、タンカーで簡単に輸送できます。

長さ1880m、幅70mの超巨大ヨット

──構想されている浮体は全長が1880m、幅70mとお聞きしました。

仮に、現在日本で使われているエネルギーをすべて風力発電でまかなおうとすると、国土の半分に風車を林立させないといけないほどです。洋上では陸上よりもかなり風の状況はよいと想定しても、陸上の半分程度の面積は必要です。風車から取れるエネルギーというのはそれくらい少ないものなんですよ。そう考えると、相当に広い面積が必要になるので、初期には5km×5kmという浮体も検討しました。

日本ではメガフロートの滑走路の研究も進んでいますから、それを応用すればできるのではないか。船舶について素人の我々は楽観的に考えていたのですが、専門家の方に尋ねるとそう単純な話ではないということがわかってきました。研究されているメガフロートはそれほど波がないところに設置されることを前提にしており、波のある外洋用の大型浮体は想定されていないのです。また、風のあるところまで、自分で航行していく能力も必要になります。

──今のモデルは、帆を備えていますね。

東京大学 生産研究所の木下健教授(海事流体力学)に伺ったところ、巨大な浮体も実現可能だというのです。しかし、風車で発電するからには、ただ流されていてはダメで、その力に拮抗する必要があります。一番簡単なのは風車で風を受けている時に反対側でスクリューを回すことですが、そんなことをしたらエネルギーの半分以上をそちらにつぎ込まなければならず、意味がありません。ヨットが趣味の木下教授は、風車に風を受けている時に、水中翼を使って風向きと垂直の方向に走らせるというアイデアを出してきました。大阪大学の高木健准教授が計算したところ、水中翼で揚力を稼げるため、発電電力の10~15%のエネルギーで何とかなりそうだというのです。さらに、どうせ風のあるところを走っているのだから、スクリューで移動させるのではなく、帆で走ればいいと。そういうわけで、帆を使って帆走する浮体のイメージが固まってきました。このモデルなら、「帆による揚力」により風と垂直方向に移動するだけで良く、風車によって発電した電気は使われずに全部貯めておくことができます。ただ、危険から逃れるために電気で回るスクリュー(スラスタ)も装備しています。

──巨大なヨットというわけですね。

風車で発電している時は風と垂直方向にゆっくり動く程度です。しかし、風車を止めれば風の抗力(風下に流そうとする力)が減り、アメリカスカップ(国際的なヨットレース)でも勝てるくらい(笑)の速度が出るというシミュレーション結果が出ています。逆に言えば、それくらい帆船としての能力が高くなければダメだということです。

浮体には巨大な帆が付けられている。これを使って、ヨットのように自律航行が可能になっている。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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