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山路達也の「エコ技術研究者に訊く」

地球と我々の未来の行方を左右するかもしれない、環境系技術研究の現場を訪ねる。

廃熱を音に変えてモノを冷やす、不思議な熱音響冷却 1/2

2008年2月15日

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エアコン、冷蔵庫、コンピュータ、工業機械、その他もろもろ、今の世の中はモノを冷却するために多大なエネルギーを消費し続けている。ところが、同志社大学の渡辺研究室が開発した「熱音響冷却システム」を使えば、廃熱をエネルギー源としてモノを冷却できるという。しかも、熱を音に変えて利用するというから謎は深まるばかり。同研究所の渡辺好章教授、坂本眞一特別研究員に、システムの秘密を教えていただいた。

管をバーナーで熱するだけで、音が出るのはなぜ?

──工場などから出る廃熱を音に変え、それで冷却を行う「熱音響冷却」の研究をされているとお聞きしました。そもそも、熱が音に変わるというのがよくわからないんですが。

坂本:19世紀に発明されたレイケ管という実験装置があります。これは、ガラス管の中に金網が張ってあり、この金網を熱すると(坂本特別研究員、金網にバーナーを近づける)「ボー」という音が鳴るというものです。ここで起こっているのが熱音響という現象で、鳴り釜と呼ばれる「吉備津の釜」やパイプオルガンを修理のために熱した時にも起こることが知られています。

ガラスの管と金網からできたレイケ管。金網をバーナーで熱すると音が出る。

──なぜこんなことが起こるのでしょう?

渡辺:熱音響現象は、一種の共鳴現象と考えるとわかりやすいでしょう。この部屋の中で両手をパンと叩けば(渡辺教授、手を叩く)、「ピーン」という音が鳴り響きますね。手から発した音にはさまざまな波長の音が含まれているわけですが、この部屋のサイズにあった音だけが共鳴を起こし、残響が響きます。

レイケ管に熱エネルギーをつぎ込んでいくと、空気中が激しく振動します。この振動はさまざまな波長の音に成長しうるわけですが、この管のサイズに適した波長の音だけが共鳴を起こすのです。熱し続ければ次から次へとエネルギーが供給されるため、鳴り続けるわけです。

──レイケ管は私にも作れますか?

坂本:簡単ですよ。管の材質はガラスでなくともかまいません。重要なのは、管の下から1/4の高さのところに金網を貼るということです。そして管を縦向きにして金網を熱すれば音が鳴ります。

渡辺:この1/4の位置が熱エネルギーを注入するのに、一番効率がよいポイントなんですよ。ブランコを例に取れば、一番高くなったところで押してやれば、少ない力でこぎ続けることができますね。同じように、管の1/4の位置は音響的なスウィートスポットになっていて、熱が無駄なく音に変換されるのです。

ループの中にはジェット機100機分に相当する音のエネルギー

──坂本先生が開発された冷却装置は管がループ状になっていますね。

渡辺:ループの中で音は逃げずにぐるぐると回り続け、どんどんエネルギーが貯まっていきます。このループの中には、ジェット機100機分の騒音に匹敵するエネルギーが蓄えられているのです。そのまま音として取り出したら、耐えられない音になるでしょう。

──管の材質はものすごく丈夫でないとダメなのでしょうか?

渡辺:管が振動しているのではなく、中の空気自体が振動しています。音は、気体から固体へはほとんど透過しません。ですから、材質は鋼材やステンレス、真鍮などで大丈夫です。実験では中が見えるようにアクリルを使っています。

人は声でコミュニケーションを取れていますが、それは耳というセンサーの感度がとても高いからです。人間の声などエネルギー的にはゼロといってもよいでしょう。ベートーベンの「運命」第1楽章では、「ジャジャジャジャーン」とフォルテッシモが鳴り響きますが、この音をエネルギーに変換したら1Wにもならず、豆球も点けられないほどです。ところがこの小さなループ状の実験装置の中には、100Wものエネルギーが閉じこめられています。

熱音響冷却システムの仕組み。廃熱が与えられると、1番目のスタックによって音に変換される。この音が管の中を伝わっていき、2番目のスタックで熱に変換され、冷却に用いられる。

冷媒なしで冷却できるのはなぜ?

──熱が音に変わるということはその時点で温度が下がるわけですか。

坂本:最初の「スタック」という装置で音に変わった分だけ熱のエネルギーは減りますから、温度も下がります。吸熱ということですね。

渡辺:2つ目のスタックでは、逆に音から熱へと変換します。部屋の中で空気を振動させて音を出した場合、その振動で空気は膨張と収縮を繰り返しますが、周りには空気しかないわけで、結局エネルギーのやり取りは起こらず音が波として伝わっていくだけです。ところが、うんと細い、1mmくらいの隙間に音を無理矢理通してやるとどうなるか? 振動のエネルギーを熱として取り出せることになります。

坂本:2つ目のスタックの上下で温度の差が生まれ、スタックの上側は熱く、下側は冷えることになります。スタックの上側の熱は冷却水で逃がします。スタックには、自動車のマフラーの中にも使われているハニカムセラミックスを使っています。

──2つ目のスタックをクーラーに例えるなら、熱くなっている上側が室外機として外に熱を逃がし、下側が冷たい室内になるということなんですね。

坂本:そういうことになります。エアコンと同じことを冷媒なしに行おうということです。

渡辺:この装置全体で見ると、必要なエネルギーは最初のスタックが受け取る熱だけということになります。

──つまり、廃熱をエネルギー源として、クーラー(2つ目のスタック)を動作させているということですか。熱を音に変換するのは、効率的に熱エネルギーを別の場所に移動できるからなんですね。

渡辺:そうです。クーラーは電気エネルギーを利用して室外機を回し、冷たい空気と熱い空気に分けています。我々の装置は、捨てる熱を二次利用しているのです。

坂本:熱を音に変える最初のスタックでも吸熱が行われますから、その部分だけを利用する使い方もできるでしょう。

実験用の熱音響冷却装置。廃熱は左下にあるスタックで音に変換され、右上のスタックで熱に変わる。

スタックに使われているハニカムセラミックス。1mm程度の細かい穴がびっしりと開いている。

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プロフィール

1970年生まれ。雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして独立。ネットカルチャー・IT・環境系解説記事などで活動中。『進化するケータイの科学』、『弾言』(小飼弾氏との共著、アスペクト)、『マグネシウム文明論』(矢部孝教授との共著、PHP新書)など。ブログは、こちら

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