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渡辺保史の「コミュニケーションデザインの未来」

情報デザインの専門家が、メディアテクノロジーの変容に伴うコミュニケーションデザインの未来を語る

科学とわたしの関係性──「自分たち事」をデザインする

2008年7月25日

(これまでの 「コミュニケーションデザインの未来」はこちら)

僕が所属する科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)で、新しいウェブサービスをリリースした。題して「Science and You」。ブログを含むウェブコンテンツと、科学的なトピックを集めた知識データベースとを参照して、両者の関係性をリンクとして提示するものだ。

このサービスを使うには、我々のサイトにあるテキストボックスに任意のURLを入力し、そのサイトと関連がある科学の話題があればリンクが一覧表示されるほか、自分のブログに貼り付け、関係性を示すタグを表示するブログパーツも提供しているので、興味のある人はぜひ使ってみてほしい。知識データベースというと大げさだが、ソースとなる科学系のサイトの記事にタグづけし、参照元のサイトに含まれる記事内の言葉と一致すればリンクを表示する、というシンプルな仕掛けだ。現状では、科学トピックをナビゲートする知識データベースはまだ整備途上の段階だが、「WIRED VISION」で日々配信されている科学技術系のニュースにもタグづけし、リンクされるようにしている。

サービス名が示す通り、これは「レレバンス」(relevance:関連性)への気づきや発見を促すツールである。自分自身の興味関心と、科学とのあいだに明確な「つながり」を意識している人はそう多くはない。一見縁遠かったり、漠然としか感じられていないその「つながり」を、目に見えるかたちにデザインすること。サービスの開発に携わったCoSTEPの石村源生(特任准教授)の言葉を借りれば、「科学的なトピックとの出会いを演出する」試みがScience and Youの狙いなのである。

様々な検索技術、あるいはフォークソノミーなどの集合知を活用したシステムなどによって、次第にレレバンスが情報探索やコミュニケーションの有効性にとって重要なポイントであることが認識されつつある。ここ数年、僕が色々な場面で一緒に議論したりプロジェクトをやってきた関心空間の前田邦宏(同社代表取締役)も、自分たちが提供するサービスを「レレバントメディア」だと規定している。

コミュニケーションデザインについて考える時、ここ数年決まって引き合いに出す一つの言葉がある。以前、僕がコーディネーターを務めていたトークセッションで、参加者の一人から出た「自分たち事」という言葉だ。他人事(ひとごと)と、自分事のあいだに、「自分たち事」はある。他人事は多くの場合、既存メディアなどによって送り届けられる世の中の出来事だったり、じかに見聞きしたとしても、自分とは無関係な、切り離されたものとして捉えられている。一方の自分事は、あくまでも自分やその周辺にいる家族や友人など、プライヴェートなごく狭い範囲での関心事や出来事にとどまっている。

しかし今や、ソーシャルメディアの隆盛によって、自分事は容易に他人事の領域へと浸潤してしまいかねず、また他人事も容易に僕らのプライヴェートへとたやすく侵入することができるようになった。テクノロジーによって否応なしにそうせざるを得ない状況があるのと同様、地球環境問題や都市・コミュニティの問題に代表されるように、社会の各所で起こっている様々な事態を他人事と笑って済ませられる時代でもなくなってきている。

そういう風にみていくと、僕らは、自覚的に他人事と自分事のあいだに欠落していた、「自分たち事」という領域を再発見した上で、様々な事柄を「自分たち事」として引き受けていくための道具をデザインしていかねばならない、と思う。もちろん、これまでの社会においても「自分たち事」を意識する道具立ては、各所に潜在してきたことは言うまでもない。都市のなかのパブリックスペースはその最たるものだし、ウェブ上のコミュニティサイト……などなど。しかし、それらの道具立てを十分に使い込む経験の蓄積が、まだ僕らには足りないのではないか。「自分たち事」の領域を豊かにしていくことは、社会を望ましい方向へ変えるデザインにほかならないだろう。

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プロフィール

渡辺保史

北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)特任准教授。1965年生まれ。情報通信業界紙の記者をへて、フリーランスのジャーナリスト兼プランナーとして、未来のコミュニティや情報メディアに関する実践型の研究開発プロジェクトに関わってきた。08年4月より現職。著書に『情報デザイン入門 インターネット時代の表現術』(平凡社新書)など。

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