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渡辺保史の「コミュニケーションデザインの未来」

情報デザインの専門家が、メディアテクノロジーの変容に伴うコミュニケーションデザインの未来を語る

科学祭は都市再生の起爆剤となるか?

2009年5月27日

(これまでの 「コミュニケーションデザインの未来」はこちら)

人が集まり、場を共有しながら何かを創造していく触発材として、「祭り」は昔も今も変わらぬ強度を保ち続けている。特に、創造性を重視した都市再生の戦略が奏功しつつある欧州の諸都市では、旧来の伝統的なものとは異なる様々な祝祭(フェスティバル)が勃興し、人の往来が活発になり、人々の地域への愛着(最近はこれをシビックプライドと呼ぶことも増えてきた)が高まってきた。

翻って日本でも、新しい祭りの萌芽はそこかしこに見受けられる。今回はその一例として、私の出身地・北海道函館市で今夏開催へ向けて準備が進んでいる「はこだて国際科学祭」を紹介したい。

観光都市として圧倒的なブランド力を保ち続けている函館は、今年横浜とともに開港150周年を迎え、数多くの記念行事が繰り広げられる(詳しくはこちらを参照されたい)。科学祭も開港150周年の連携行事として位置づけられているが、そもそもなぜ、函館で科学なのか?

函館では2000年、情報科学系の公立はこだて未来大学が開学。複雑系科学やロボット工学、インターフェイスデザインなどの研究・教育の拠点として、そのユニークな学習環境デザインが注目を集めてきた。また、北海道大学水産学部をはじめとして、地域には多数の学術教育機関をすでに抱えており、行政が主導する国際水産海洋都市構想など、アカデミックリソースは十分過ぎるほどの厚みを持っている。

こうした学術研究のポテンシャルと、観光都市としてのブランド価値、食や観光など地域資源の豊かさを融合させた試みとして、函館市がJST(科学技術振興機構)の補助金をもとに実施することになったのが科学祭というわけだ。企画運営の中心になっているのは前述の公立はこだて未来大学で、同教授の美馬のゆりが代表をつとめる実行組織「サイエンス・サポート函館」(SSH)には、地元の研究者や教育者、行政職員、市民活動関係者、デザイナーなどとともに私も参画している。

科学祭の発案者であり、SSH代表をつとめる美馬のゆりは、「英国では20年の実績があるエディンバラの科学フェスティバルなど、欧米では各所で行われているが、函館で日本初の本格的な科学祭を仕掛けたかった」と、意気込みを語る。今夏を皮切りに、毎年少しずつテーマを変えながら開催し、すでに実績を積んできた演劇(野外劇)や音楽(国際民族芸術祭)、映画(函館港イルミナシオン映画祭)などと並ぶ観光都市函館の新しいフェスティバルの目玉として定着させたい──というのが、美馬らSSHメンバーの想いだ。

今夏の科学祭は8月22日(土)から30日(日)まで。市内の観光スポットが点在する旧市街(西部地区)や五稜郭、温泉街の湯の川と3エリアで十数本の多彩なプログラムが展開される。科学実験ショーのような実演型のプログラムから、サイエンスカフェやトークセッションのような対話型、さらにはアートと絡めた展示型まで、文字通り子どもから大人まで幅広くカバーしている。「科学イベントというと、とかく子ども向けという先入観がまだ根強い。だが、それだけでなく、知的好奇心いっぱいの大人に向けた充実したプログラムを準備したのが特徴」と、SSH代表の美馬のゆりは強調する。

特に、ドイツ人のメディア・アーティスト、インゴ・ギュンターの「ワールドプロセッサー」の展示や、英国のサイエンス・エンターテイナー、ドクター・バンヘッドの初来日公演といった目玉プログラムが並ぶところは、まさにこの企画が「国際」と称する所以だ。

私が関係している部分では、2002年から産・官・学・民の連携で取り組んできた市民参加型によるデジタルアーカイブ構築のプログラムを行うほか、一週間のイベントプログラムを現場で記録し情報発信するスタッフを育成する学生・市民対象の集中講座を8月上旬に行う。科学祭にちなんで、地元の研究者を紹介していくウェブコンテンツも近々公開の予定だ。

さて、この函館での新しい試みを、冒頭で述べた都市再生という文脈に照応して捉えてみたい。

観光地としてのネームヴァリューや高いポテンシャルとは裏腹に進行する都市の「縮小」。これまで私が各所で書いてきた(たとえば、ここここ)ように、函館では驚くべきスピードで人口減少や中心市街地の空洞化が進んでいる。1980年代以降にそれまでの基幹産業──造船、水産、海運が軒並み衰退し、かろうじて観光によるプロモーションは奏功しているものの、人々の意識は閉塞的でコミュニティの活力も沈滞化著しいのが函館の実情であることは否定しようがない。

そして、現在進行形の「縮小」は近未来の日本全体を先取りする事態であり、地域で暮らす人々がこうした「縮小」に対抗していくための想像/創造力が試されているのだ。

そうした状況をふまえて考えると、従来にはなかった科学という視点から改めて地域の価値や魅力を見直し、各種のコミュニケーションやデザイン手法を駆使して新しい人の出会いや対話、学びや共創を促す科学祭という試みは、函館にとって都市再生、いや社会再生の実験という重要な意味を帯びているのではないかと考える。

6月1日、SSHは科学祭についての公式な記者発表を行う。8月の本番へ向けて、いよいよ動きが慌ただしくなっていくだろう。

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プロフィール

渡辺保史

北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)特任准教授。1965年生まれ。情報通信業界紙の記者をへて、フリーランスのジャーナリスト兼プランナーとして、未来のコミュニティや情報メディアに関する実践型の研究開発プロジェクトに関わってきた。08年4月より現職。著書に『情報デザイン入門 インターネット時代の表現術』(平凡社新書)など。

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