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渡辺保史の「コミュニケーションデザインの未来」

情報デザインの専門家が、メディアテクノロジーの変容に伴うコミュニケーションデザインの未来を語る

コミュニケーションデザインとしてのノーベル賞

2008年10月15日

(これまでの 「コミュニケーションデザインの未来」はこちら)

2008年のノーベル賞は、物理学賞と化学賞で4人の「日本人」(日本出身のアメリカ国籍を含む)研究者が受賞し、深刻化の一途をたどる金融危機の只中にあって一筋の光明のようなニュースとなった。

実は今回、化学賞受賞者が発表される瞬間まで、私たち北大科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)のスタッフ、さらにいえば一部の北大関係者も、かなりの緊張感とともにその時を待っていた。というのも、「今度の化学賞は、北大関係者が受賞するかもしれない」という大学上層部からの情報をもとに、受賞した際には即座に関連情報の発信ができるようにと、それに先立つ数日前から対応に追われていたからだ。

ご承知の通り、ノーベル賞の審査は一切が密室で行われるため、いわゆる「候補」は公式には明らかにされない(有力候補などとして事前に取り沙汰されるのは、賭けの対象としてメディアで話題になったりする場合で、確証はない)。今回、我々を動かした情報がどれほどの確度で寄せられたのかは定かではなかったが、化学の当該分野では数年前からノーベル賞の呼び声が非常に高く、いずれは受賞するだろうと見込まれていたことは確かである。

ともあれ、「密命」を帯びた我々スタッフは、即座に対応チームを編成。ふだんは映像制作を指導している特任助教の藤田良治が関係者へのインタビューを収録、そのインタビューや資料収集をもとに私がプレスリリースを執筆・編集して、ユニット代表の杉山滋郎教授のディレクションのもと、それらのコンテンツを受賞発表と同時にウェブサイトで公開する——という算段だった。

合間に休日やスタッフの出張を挟んでいたため、実働時間は非常に限られていた。受賞するかもしれないという当の研究者はすでに北大を退官し、名誉教授であったので、我々には取材のアポがとれるかどうかも不安だったが、今回は大学本部広報との迅速な連携によってあっさりとインタビューが実現。さらにかつての共同研究者だった現職の北大教員、さらには総長の「祝辞」インタビューまで行い、研究業績となる分野に関する実験の様子をカメラに収め、研究者のこれまでの歩みを振り返る写真資料などの収集も短時間でこなすことができた。

化学賞の発表は日本時間で8日の18時45分とされており、20時からは、メディア向けの公式記者会見も予定されていた。メディアが報道用の素材や参考資料として我々のコンテンツを活用できるよう、発表直後に本部広報が運営する大学のサイトトップからCoSTEP内の「受賞特設ページ」にリンクをはって公開できることを目指していた。そこで8日午後いっぱいかけて、他のスタッフにも協力してもらいながら、映像や解説テキストの仕上げ作業に追われ、最終的にウェブページが仕上がったのは、発表時間ギリギリのことだった。

それにしても、結果は残念だったが、今回のにわかプロジェクトはよい体験となった。そして、あらためて実感するのは、ノーベル賞という存在が約一世紀にわたって科学技術の功績や重要性を社会に対して発信し続けた、コミュニケーションデザインの活動にほかならないという事実だ。今回の受賞には、科学にふだん関心がない人々でも、それなりに注目していた人が多かったことだろう。その際に、いかにより的確に、迅速に、そして分かりやすく、科学者たちの研究内容やそれがもたらした功績を人々に伝えていくか。まさに、科学技術コミュニケーションの真価が問われる場面だったことは間違いないと思う。

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プロフィール

渡辺保史

北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)特任准教授。1965年生まれ。情報通信業界紙の記者をへて、フリーランスのジャーナリスト兼プランナーとして、未来のコミュニティや情報メディアに関する実践型の研究開発プロジェクトに関わってきた。08年4月より現職。著書に『情報デザイン入門 インターネット時代の表現術』(平凡社新書)など。

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