モジュールライティングという発想
2008年9月25日
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北海道大学CoSTEP(科学技術コミュニケーター養成ユニット)では、科学技術コミュニケーションに関する各種のスキルを実践型の授業を通して学ぶことができる。今回はその中でも、サイエンス・ライティングに関する実践について触れてみたい。
僕自身、フリーランスの仕事をしている頃から痛感していたことだが、科学技術に関するトピックスについて「事実を正しく」、そして「専門家以外にも分かりやすく」さらには「社会的なインパクト」なども交えて書くことは、ひじょうに難しい。
そもそも、書くという行為は、それ自体がコンテンツとして世の中への表出を目指すだけを意味しない。個々人の思考を外部化し、様々な場面でのコミュニケーションを文字通り媒介する役目を果たす。誰もがジャーナリストとしてメディア産業の現場で書く仕事に就くわけではないものの、思考と対話の道具としてのライティングを使いこなせることはコミュニケーターにとって不可欠の能力だろう——そうした考え方のもと、CoSTEPではライティングを科学技術コミュニケーションの基礎スキルとして位置づけている。
CoSTEPでのライティングの授業は、前回言及した通学コースの「本科」と、北大の大学院生が多く受講している「選科B」での演習として取り組んでいる。本科のライティング演習では昨年来、地元の北海道新聞の札幌圏版に連載コラムを持ち、現在は「17文字のサイエンス」というタイトルのもと、受講生が隔週で寄稿している。
この連載は、俳句をネタにした科学コラムの体裁をとっており、900字ほどの文章のなかに、俳句の紹介からそこに詠み込まれた動植物や自然現象などの科学的な解説へとつなげ、最後に再び俳句に戻って「オチ」をつけるという、なかなか難易度の高いコンテンツをこなしている。今年度の受講生による原稿はすでに5人分が掲載され、来年春まで続くことになる。
また、選科Bは今年度初めて開設したコースで、前期と後期に7回ずつ、サイエンス・ライティングをみっちり学ぶ演習を行っている。講師はブログ「ガ島通信」で知られる藤代裕之(元徳島新聞記者、現gooニュースデスク)と北海道新聞の現役記者、田中徹の2人を外部から招き、CoSTEPからは特任准教授の難波美帆と僕の合計4人によるチームティーチングの態勢をとっている。
今回の授業で、藤代氏から持ち込まれた「モジュールライティング」という概念は僕にとっても新鮮だった。モジュールとはすなわち、文章を構成する「部品」のこと。それら部品=モジュールの組み合わせを意識しながら書くということである。
CoSTEPでの授業開始に先立ち、藤代氏、田中氏ほか現役新聞記者を交えて行った授業設計のためのワークショップで、記者はニュース記事をある種のモジュール単位で構成し、情報の価値の軽重を考えて重要度の高いものから先に伝える、というライティングの作法を身につけていることが、あらためて確認された。そこから導き出されたのが、モジュールライティングという考え方である。授業では、いくつかの課題をこなしながら、情報をどうやってモジュールに分けるのか、あるいはどのようにモジュールを構成するのか、といったことを実践的に学んでいった。
たとえば、授業のある回では、レゴブロックを使った造形物の組み立て手順をテキストのみで記述し、そのテキストから再現可能かどうかを相互に確かめ合うワークショップを試みた。ちょっと想像してみれば分かる通り、この試みでは、要素と構造と手順それぞれの記述を、いかに論理的に破綻なく行うかがカギとなる。このワークショップを行ったことで、受講生たちは、一文に込める情報量はどれくらいが適切なのか、文同士の配列はどうすれば論理的に展開できるのか、表記の「揺れ」はどこまで許容できるか、といった具体的な問題に直面し、意識を向けるようになった。
また、別の回では、実際に配布された科学技術に関するプレスリリースの内容を咀嚼して、文科系の学生でも理解できるようにリライトする課題をこなした。これは、膨大な情報量の中から、ニュースバリューがどこにあるのかを見極め、それを核心となるメッセージとして伝えるために、どんなモジュールを取捨選択して記事を再構成するか、というエクササイズとなった。
こうした授業を重ねて、期末の課題では学外に出て取材から執筆までの一連のプロセスをこなすこととなった。取材対象は、札幌市内にある円山動物園。ここで約半日、受講生たちはそれぞれが事前に設定したテーマのもと飼育員などにインタビューを行ったり、各所を見学しながら情報を収集。そのうえで、1200〜1600字からなる記事を執筆した。記事のテーマは、動物の生態だけでなく、園舎の建築デザイン、エサの購入代金、排泄物の行方、動物園周辺の自然環境、応援グッズの開発など、様々なものが集まり、受講生たちの問題意識の高さや視点のユニークさが際立った。そして肝心の原稿のクオリティも、授業開始当初に書いてもらった課題文に比べれば、どれも格段に読みやすく、論理的な構成をとったものとなり、授業を担当した一人として非常に満足のいくものとなった。
これらの最終課題文のうちいくつかは、藤代氏が担当しているポータルサイト「goo」のニュース、または「札幌経済新聞」の特集記事として近日中に掲載される予定なので、ぜひこちらもご覧いただきたい。
今回模索したモジュールライティングという考え方は、まだ教育のメソッドやプログラムとしては未成熟であることは言うまでもない。しかし、米国ではハイパーテキスト環境に適した構造化ライティングとして「InfoMap法」などの手法もあり、英文自体がパラグラフライティングなどのように論理的で分かりやすい文章構造と表現を培ってきた歴史の蓄積がある。日本流のサイエンスライティングが、モジュールという発想をのもとでどれくらいの高みまで到達できるのか、我々自身にとっても大きな挑戦が続く。
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