異分野を架橋するために
2008年7月11日
ブログを始めるにあたり、自己紹介を兼ねて僕の関心領域とこれから書いていくテーマをまず説明しておきたい。
この春から2年間、僕は大学教員という立場で社会と関わることになった。今まで十数年間、フリーランスで活動してきた人間にとって、大学という場所は、時として欠かせない取材源であり、時として協働のパートナーやリソースを見つける場所でもあった。いずれにしても、そこは外から赴く場所だった。それが今度は広大なキャンパスの一角に自分が研究室をあてがわれ、一日の大半の時間を過ごす「住人」となり、教育活動を本業にすることになるとは、一年前までは自分でも全く予想していなかったことだけに、何だかまだ、座りが悪いような感覚がどこかにある。
僕が所属する北海道大学の科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP:通称コーステップ)は、2005年に開設された。通常の学部や大学院と位置づけが異なり、一般社会人や大学院生を対象に一年間の教育サービスを提供している。科学技術の専門家と、市民社会とを橋渡しする問題意識やその実現手法、ネットワークを持った人材を育てるため、座学による講義や演習はもちろんだが、サイエンスカフェの開催やラジオ番組、ウェブコンテンツなどの制作、小中学校などへの出前授業、さらにはグラフィックデザインなど実践に重きを置いた授業を展開してきた。これまで累計200人近い修了生が、実際に科学技術コミュニケーターとしての意識とスキルを身につけて、それぞれの現場で活躍している。
異なる分野どうしを結びつけるための知恵とはどんなものか? そうした知識を一種の「道具」としてデザインして社会で融通しあうことはできないだろうか?——ここ10年近く、そんなことをずっと考えてきた僕にとって、CoSTEPの活動はまさに我が意を得たりといった感じで、自分がこれまで泥縄式にあちこちの現場で取り組んできたことを、科学技術コミュニケーションという分野で展開できる格好のプラットフォームだと感じている。
そして、言うまでもないことだが、こうした異分野の橋渡しは、別に科学技術に限らず今や社会のあちこちでもっとも必要とされていることの一つだ。ビジネスで、学校教育で、行政やまちづくりの現場で、環境問題や国際理解や文化交流の中で、あるいはアートやデザインといった表現行為において、異分野どうしのつながりこそが新たな問題解決や創造を促進していく可能性が見え始めている。
とはいえ、実のところ、橋渡しをしたり、融合させたり、重ね合わせたりできる人材や手法は、まだまだ不足している。「異分野の連携や融合? そんなことは分かり切っているし、もう何十年も前からやってきたよ」と言う人は少なくないだろう。だが、果たして従来型の取り組みはどれだけ満足の行く成果を上げられただろうか? 互いの分野の理解や対話なしに、いやその前に、それを自覚的に行えるセンスやスキルを備えた人やそこで威力を発揮する道具の存在なしに、橋渡しなどまともにできやしない、はずだ。
もちろん、科学技術コミュニケーションの活動が万能の処方箋を生み出せる、などと言うつもりはない。たぶん、答えを出せるのはやはり局所解であって、それを他の分野に転用していくためにはまた別の知見にもとづくモデル化、ツール化も不可欠となるだろう。このブログが、「コミュニケーションデザイン」というテーマを打ち出しているのは、まさにそこに関係している。ある分野、あるコミュニティで培われたコミュニケーションの道具を、別のコミュニティに応用してみることは、どのようにすればうまくいくのか? 僕自身が現在関わっている活動も含めて、何らかのかたちで異なる分野どうしの橋渡しをする取り組みの現場を取り上げながら、考えていくことにしたい。
フィードを登録する |
---|
渡辺保史の「コミュニケーションデザインの未来」
過去の記事
- 科学祭は都市再生の起爆剤となるか?2009年5月27日
- 大学広報のリデザインへ向けて2009年5月 1日
- 脱サイエンス・カフェ、超サイエンス・カフェ2008年11月28日
- コミュニケーションデザインとしてのノーベル賞2008年10月15日
- モジュールライティングという発想2008年9月25日