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歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」

ドラスティックに変化し続ける広告経済とネットの関わりを読み解く

広告ネットワークが儲かり、個々のサイトが儲からない理由

2009年5月18日

(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら

 ネットメディアの広告経済にはふたつの道が開けている。

 ひとつは、広告をサイトに貼り、その収入でやっていく方向だ。
 しかし、バナーであれ、コンテンツ連動広告であれ、クリック課金型の広告は、個々のサイトよりも広告ネットワークのほうが儲けられる。加入サイトの利益は、だいたいにおいてそれほど大きくはない。
 理屈を考えてみれば、それは当然だ。

 検索連動広告やコンテンツ連動広告を始めたグーグルは、大手広告会社が相手にしてこなかった中小の企業を顧客とすることで成功をおさめた。しかし、広告を出すサイトは、無限ともいえるほどの数がある。これまでとは桁違いの中小の広告クライアントが出現したとはいえ、広告ネットワークに参加するサイトの増加率のほうが高ければ、ひとつのサイトあたりの広告がクリックされる割合は平均して減っていく。原理的にはそういうことになる。
 いまでは、プログラムによってアフィリエイトやコンテンツ連動広告を貼ったサイトを自動生成することまでやられているから、広告ネットワークに参加するサイトの増加率はかなりのものになるだろう。

 広告ネットワークが利益を増大させるためにほんとうに必要なのは、個々のサイトの広告のクリック率を上げることではない。参加サイト全体のクリック数を増やすことである。もちろん個々のサイトのクリック率が上がれば全体のクリック数も増える。しかし、個々のサイトのクリック率を上昇させなくても、参加サイトの数そのものが増えれば全体のクリック数を増やせる。

 さらに、ネット利用者の伸びが止まれば、サイトあたりのクリック数も増えなくなる。
 今年4月に総務省が公表した平成20年の「通信利用動向調査」によれば、昨年までのインターネット利用者数の推移は次の通りだ。

 平成15年までは6パーセント以上伸びていたが、その後の伸びは止まり、微増の状態になった。
 いずれにしても利用者数は最大でも人口数までで(生まれたばかりの赤ん坊がネットを使うことはないが)、利用者数の無限増大はありえない。

 図式化すれば、次のようになる

広告主増加率<広告ネットワーク参加サイト増加率
ネット利用者増加率<広告ネットワーク参加サイト増加率

 広告ネットワークに参加しているサイトの増加率が、広告主やネット利用者の増加率よりも大きければ、ひとつのサイトの広告がクリックされる割合は、平均して減っていく。
 各サイトの利益が増えるためには、「<」の向きが逆にならなければならない。

 また、ネットレイティングスが昨年5月23日に発表した次のようなデータもある。

 ウェブ総利用時間は増え続けているものの、総ページビュー数の伸びは止まっている。ネットレイティングスは「ストリーミング、フラッシュなどのリッチコンテンツや、AJAXなどクリックを減らす技術の普及が一段と進み、1ページに滞在する時間(利用時間)が長くなっていることを反映した結果」だと説明しているが、YouTubeやニコニコ動画の視聴が増えていることがとくに影響しているのだろう。
 動画をじっと見る利用形態は、広告のクリック増加にはつながりにくい。広告のクリック率は飽和点に達しつつあるのではないか。

 利用者数や利用時間数が限界値に達すれば、広告ネットワークに参加している平均的なサイトは、広告収入の増大を期待できない。もちろんサイトのなかには、アクセス数を増やして広告収入を増大させるところもあるだろうが、日本はアメリカに比べて広告単価が低いようだから、いよいよ儲かりにくい。つまり、「緊縮型・節約型のビジネスモデル」になりがちである。
 「広告経済と無料経済」と題して前回書いた次のようなことになるわけだ。

(広告経済は)潤沢な広告予算で好き勝手ができるようになるということではない。基本的には、かつてなら有料で提供されていたものが、コンテンツやサービスの提供側が効率化を徹底させることで、わずかの広告収入と引き替えに無料で提供されるようになる緊縮型・節約型のビジネスモデルと見るべきだろう。

●広告経済のふたつの方向

 ただし、この結論は、取り上げたワイアード編集長の「無料経済」の主張に引きずられすぎていた。
 そのことに気がついて、この文章を少し直したうえで、次のように付け足すことにした。

 けれども、これは広告経済のひとつの方向にすぎないのではないか。
 もうひとつの方向は、これまで書いてきたように、広告なのか販促なのか、もはやあやふやな形でEC市場をとりこんでいくやり方だ。
 「ネット広告の経済的影響力は、見積もられている市場規模よりずっと大きい」で書いたように、EC市場の規模は大きく、それをとりこめればこれまでの広告収入を何倍にもできる。
 ネットメディアの広告経済は、このふたつの道があると考えるべきだろう。

 次回はまた後者の「広告経済」のほうに戻ってその具体例を見てみたい。

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プロフィール

『ユリイカ』編集長をへて1993年より執筆活動。著書に『ネットはテレビをどう呑みこむのか』、『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』、『「ネットの未来」探検ガイド』、『インターネットは未来を変えるか』、『本の未来はどうなるか』など。大学でメディア論などの授業もしている。週刊アスキーで「仮想報道」を連載。アーカイブはこちら 歌田明弘の「地球村の事件簿」

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