広告経済と無料経済
2009年4月25日
(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら)
ネット広告は、販売との距離が近い。アフィリエイト広告のようにほとんど一体化しているものもある。だからネット広告市場はEC市場を一部含むと見なして、2007年の市場規模は1兆7630億円、つまりネット広告費として発表されている数字の約3倍の額になるという見方もあると前回書いた。
アメリカでも、ネット時代の経済モデルの市場規模について、独特の観点から考察する試みがなされている。
「ロングテール」の提案者である米ワイアードの編集長クリス・アンダーソンは、初夏に『フリー──ラディカルな値付けの未来(Free: The Future of a Radical Price)』と題した本を刊行しようとしている。
本はまだ出ていないが、「無料経済」について論じた本のようで、ワイアード誌や彼のブログでもこのテーマについて繰り返し書いている。その内容については、「無料経済はバラ色か?」と「『何でも無料』時代のネットのビジネスモデル」と題して2回に分けて別のところで書いたが、そこでも紹介したように、アンダーソンは、無料経済のタイプとして、次の4つを上げている。
(1)何かをタダにする代わりにほかのものを有料にする──携帯電話の端末料金をタダにする代わりに通信料で回収するといったモデル。
(2)広告モデル
(3)だいたいは無料だが一部有料にして採算を合わせる。フリーとプレミアム(有料)の融合型なので「フリミアム」と呼んでいる。
(4)贈与経済──寄付などで成り立っている。ウィキペディアのようにお金ばかりでなく、技術や知恵の無料提供といったものもある。
デジタル経済では、主要な原料である記憶容量・情報処理能力・伝送容量が劇的に安くなったため、ほとんど無料で少しだけ有料というのでもやっていけるようになったとアンダーソンは言い、ウェブ2・0企業が「フリミアム」を収益モデルとして使うのならば5パーセント有料を損益分岐点にすることを勧めている。
このブログのテーマである「広告経済」は、アンダーソンに従えば、「無料経済」の一部で、(2)にあたることになる。
私が「広告経済」について書こうと思ったのはもう2年以上も前のことだが、その後、アンダーソンがこうした本を書こうとしていることを知って、似た現象に注目していることに気がついた。
アンダーソンは、昨年7月30日のエントリで、「無料経済」の市場規模を見積もっている。
マーケティング上のカラクリとして無料を謳うということは従来からやられており、(1)のようなことは、やっていない産業のほうが少ない。すべての消費に関わってくるので何兆ドルにもなるだろうが、総額を見積もるのは不可能だし意味がない。また(1)は結局は消費者が何らかの形で払っているので、無料かどうか怪しく、ほんとうに無料といえるのは(2)以降とのことで、(2)以降に焦点を当てている。
(2)の広告モデルは、2006年のトップ100のメディア企業のテレビとラジオの広告収入が450億ドル。
さらにグーグルのような非メディア企業も含め、広告によって消費者に無料提供するオンラインの市場規模は210〜250億ドル。フリーペーパー、フリーマガジンが10億ドル以上。
その他のものも入れてオンラインとオフラインの総額は800〜1000億ドル。
(2)の広告モデルでは、いうまでもなく、かかった広告費は商品の値段に上乗せされており、実際は消費者が払っている。アンダーソンは、ほんとうに無料なのは(3)と(4)と見ている。
しかし、(3)と(4)のようなものについて見積もった数字はないので、正確に計算することは無理だとしたうえで、いくつかの数字を参考としてあげている。
オープンソース・ソフトウェア
- リナックスのエコシステム300億ドル。
- MySQL やSugar CRMのようなオープンソース周辺のほかの企業の売り上げが10億ドル足らず。
無料のビデオゲーム
- ほとんどがオンラインで、韓国や中国からアメリカにやってきた。基本は無料だが、アップグレードやコスチューム等が有料で、韓国や中国では10億ドルの市場規模。
- オンラインのカードゲームやギャンブルなどが30億ドル。
フリーミュージック
- iPodの40億ドル市場は、どれぐらい無料のMP3が貢献しているか。マイスペースの推定650億ドルの価値はどれぐらいフリーミュージックが貢献しているか。20億ドルのコンサート・ビジネスはどれぐらいP2Pのファイル共有が貢献しているか。
このように、含まれうるものを列挙し、オープンソース・ソフトウェアやオンラインゲーム、フリーミュージックのような厳密に無料といえるものだけで500億ドルにはたやすくなると、アンダーソンは見積もる。
それに、広告によって成り立っているコンテンツやサービス市場を含めて750億ドル。従来の広告に支えられたメディア市場を合わせると1500億ドル。ワールドワイドだと容易に倍にはなるという。
無料経済の市場規模は、このようにすでにそこそこのものになっているというわけだ。
もっとも、無料化を推し進めてきた新聞や雑誌のサイトは、広告収入の減少でもはや「無料経済」に耐えきれなくなっている。「ニュース記事を有料に戻す方法」という原稿で書いたように、昨今はアメリカでも有料化が模索されている。「無料経済」の本を出すのは、おそらく最悪のタイミングだろう(「広告経済」の連載をするのも同じく最悪の時期かもしれない)。
しかし、いつまでも経済が悪いままということはありえない。長い目で見れば、無料経済の方向に確実に向かっている。それどころか、実際のところ、経済危機も無料経済を推し進めている側面がある。
無料経済というのは先に書いたように、ほとんど無料で、少しだけ収入を得ることで採算をあわせる経済モデルのことである。収入が激減したアメリカの新聞社は、人材削減も含めた大幅なコストカットをし、わずかの利益だけでやっていける体質に変えようとしている。印刷版を捨てて日刊をネットだけにする新聞もアメリカでは出てきたが、印刷版を捨ててしまえば収入は激減する。ネットへの移行に対応するためにもこうした体質転換は必要だ。
経済の混迷が、メディア企業の構造を変え、ネットの無料経済に応じられるものにしつつある。「無料ではやっぱりやっていけない」という声が出ていることは事実だが、その一方で、無料経済の進行を促進する変化が、経済危機下のアメリカでこのように起こっている。
これまでこのブログでは広告経済について書いてきたわけだが、これは、かならずしも潤沢な広告予算で好き勝手ができるようになるということではないようだ。基本的には、かつてなら有料で提供されていたものが、コンテンツやサービスの提供側が効率化を徹底させることで、わずかの広告収入と引き替えに無料で提供されるようになる緊縮型・節約型のビジネスモデルと見るべきなのかもしれない。
けれども、これは広告経済のひとつの方向にすぎないのではないか。
もうひとつの方向は、これまで書いてきたように、広告なのか販促なのか、もはやあやふやな形でEC市場をとりこんでいくやり方だ。
「ネット広告の経済的影響力は、見積もられている市場規模よりずっと大きい」で書いたように、EC市場の規模は大きく、それをとりこめればこれまでの広告収入を何倍にもできる。
ネットメディアの広告経済は、このふたつの道があると考えるべきだろう。
歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」
過去の記事
- 「広告経済」の潮流は変わらない2010年1月18日
- あらゆるものが広告媒体になる2009年12月21日
- 広告経済か無料経済か2009年11月16日
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