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歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」

ドラスティックに変化し続ける広告経済とネットの関わりを読み解く

ネットではより過激になりうる「買い手独占(モノプソニー)」

2009年9月24日

(これまでの 歌田明弘の「ネットと広告経済の行方」はこちら

 前回まで、流通が力を持つようになった結果、広告にどのようなことが起こるかを書いてきた。
 流通が価格決定権を握るようになった結果、メーカーは、マスコミを通じて宣伝するよりも、強力な流通業者に販促費を払って自社の商品を売ってもらうほうが効率的という考え方になりがちだ。流通業者も、どんなに大きくなっても一つひとつの店舗で勝負しているので、店舗の周辺に宣伝するのであればチラシなどの広告のほうが効果的ということで、マス広告を減らすようになるといったことを書いた。

 流通が力を持ったときに何が起こるのかをもっとも端的に示したのは、チャールズ・フィッシュマンの著書『ウォルマートに呑みこまれる世界』だ。ウォルマートは全米最大、世界最大の企業で、2年前まで「いつも低価格(オールウェイズ・ロー・プライス)」をモットーとして世界展開を推し進めてきた。極大にまで肥大化した流通業とサプライヤー(納入業者)がどのような関係になるかを、この本は戯画的なまでに印象深く描き出している。
 昨年、別のところでウォルマートについて3回続けて書いたとき、初回の「低価格を追い求める消費者の声に応えて行き着く先は?」でこの本についてもとりあげたが、ここでは、ウォルマートの流通と納入業者の関係を表わす下りを引用してみよう。

 ウォルマートは、その力を容赦なく行使してくる。その目的はただひとつ──消費者に対しでき得る限りの低価格を提供することだ。しかし、これは決して達成し得ることのない目標である。彼らが決して現状に満足することがないからである。例えば、もうずっと何年も中身の変わらない商品については、ウォルマートは毎年五パーセントずつ価格を引き下げる方針を持っている。コンサルティング会社ベイン・アンド・カンパニーのパートナー、ギブ・キャリーは、ウォルマートのサプライヤーにコンサルティングを長年行なってきた経験を持っているが、「商品の中身がずっと変わらない場合、ウォルマートは、これが去年の価格だ、これが競合相手の価格だ、これがウォルマート・ブランドでつくらせた場合の価格だ。消費者には、前の年よりもっと得をしたような気にさせる価格を提示しないといけない。それができなければ、この売り場には別の商品を置かなければいけない、と言ってきます」と彼は説明する。

 こうしたサプライヤーに対するウォルマートの圧力は、世間でもよく知られている。しかし、こうした低価格がもたらすコストについては、ウォルマート関係の人間やサプライヤーでなければほとんど知っている者はいない。ウォルマートは、サプライヤーから驚くほど安い価格を捻り出す力を持っている。サプライヤーにとってはほとんど利益の出ないような価格だ。しかし、利益が小さくても、多くのサプライヤーはウォルマートを喜ばせようとする。それは、ウォルマートが消費者市場で絶大な力を持っており、これに対抗する選択肢など他にはないからだ。サプライヤーたちにとっては、そうしたウォルマートのやり方に付き合っていると、ダメージがすぐ劇的に現れる場合もあるが、知らない間に徐々に体力が蝕まれていく場合もある。

 続いて、ピクルス会社に起こったことを例としてあげている。
 ウォルマートは、ブラシックという会社がイベントやレストラン向けに売っていた1ガロン(3.785リットル)の大きな瓶入りのピクルスに目をつけた。そんなに大量のピクルスを買う人がいるとは思えなかったが、2ドル97セントで試験的に売ってみたところ飛ぶように売れた。この値段では、ブラシックもウォルマートも1瓶あたり数セントの利益にしかならなかったが、ウォルマートは全2500店舗で売ることにした。1店舗あたり週平均80個、つまり全店では週20万個売れた。
 しかし、1瓶数セントの利益では、100万円の儲けにもならなかったはずだ。

 ブラシックは、ほかの店舗ではもっと小さな4分の1ガロンの瓶入りピクルスを2ドル49セントで売るなどしていたが、ウォルマート以外の店での売り上げは落ち始めた。各家庭は、食べきれず腐らせるほどのピクルスをウォルマートで買いこめるのだから、ほかの店で売れなくなるのは当然だ。
 ブラシックは、ほかの商品の販売量が増えなければ、1ガロンのピクルスの販売量も増やさないという条件か、値段を上げることを申し入れた。しかし、ウォルマートが受け入れず、ブラシックは大きな利益を失ったという。市場価格ではなく、ウォルマートが決めた価格が「相場」になってしまったわけだ。

 買い手が巨大化して価格決定権を握ることを「モノプソニー(買い手独占)」というが、ウォルマートほどのスケールでなくても、こうしたことは日本でも起こっている。
 もっと価格を下げなければ納入できない、できても納入量を減らされる。メーカーは、余裕があるならば、広告費にかけるよりも、流通業者との駆け引きに資金を投じなければならなくなる。

 ネット小売りが力をつけてきたいまは、リアル小売りはネットの小売りとも競争しなければならない。だから、リアル小売りだけが価格支配力を持っているわけではない。リアル小売りは、ネットとの競争でも価格を下げなければならず、価格支配力というより、値下げ圧力が強まっているというべきたろう。いずれにしてもメーカーにとって、厳しい時代が到来している。

 小売店が安く売るためには大量に仕入れて、仕入れ値段を下げる必要がある。大量仕入れができる大手小売りほど有利で、そうしたことができない零細小売りは、価格では勝負にならないから、きめ細かなサービスなど別の面で戦うしかない。リアルな世界ではこうしたことがまだ成り立つが、ネットではどうだろう。
 流通とメーカーの関係は、ネットではより過激な形で進む可能性があるのではないか。

 米ワイアードの編集長クリス・アンダーソンが『フリー──ラディカルな値付けの未来(Free: The Future of a Radical Price)』という本を出そうとしていると「広告経済と無料経済」と題した回で書いたが、7月に刊行された。この本の末尾で、アンダーソンは、Freeという概念に対する14の異論を取りあげて反駁している。
 そのなかで、「無料に対しては戦えない」というのはウソだ、とアンダーソンは言っている。
 オフィスでコーヒーが無料で飲めても、スターバックスに行って飲んだりする。それはスターバックスのコーヒーがおいしいからで、無料のものよりも良質だったり、違った点があれば太刀打ちできる、と書いている。

 たしかにこうしたことはネットでもあるだろう。
 あるサイトで、コーヒー豆を無料で配っていても、おいしくなければ、いつも買っている有料サイトで買う、ということはありうる。
 しかし、それが同じコーヒー豆なら成り立たない。
 安いほう、無料のほうがずっと有利になる。

 アンダーソンがもうひとつ無料に対して戦う方法としてあげているのは、マイクロソフトのWindowsやOfficeに見られるやり方だ。無料や低価格のソフトがあっても、多くの人が使っているから使い、外部の開発者もそれ向けのソフトを作る。「ネットワーク外部性」と呼ばれる現象だが、こうしたことが成り立つためには、ある程度の大きさのビジネス規模が必要だ。

 零細な小売りは、零細であるゆえに可能なコスト削減などを目一杯やって対抗するしかない。
 しかし、零細サイトがきめ細かいサービスをしようとしてもそこには限度がある。
 大手のほうが、資金を投じてさまざまな仕組みを開発し、消費者に便利なサービスを提供できる。
 また、リアルな世界の売買では、現金という共通のツールがあるが、ネットではクレジットカードの利用比率が高い。顧客のクレジットカード登録を獲得した小売りサイトが圧倒的に有利だ。新興サイトにはハンディがあり、ネットのほうが、先行の小売りが肥大化しやすい。

 ウォルマートと同じく、ネット小売りも、巨大化すれば、納入業者との交渉で有利になっていく。たんに低価格にできるというだけではなくて、ネットの場合は、究極の低価格、つまり無料にするという手さえある。納入価格を十分に引き下げることに成功すれば、広告収入でまかなうことが可能だ。そうなればもはや、その小売りと争える小売りはなくなってしまう。
 つまりバーチャルな空間は、リアルな空間よりももっと極端な形で「買い手独占」が進行する可能性がある。

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プロフィール

『ユリイカ』編集長をへて1993年より執筆活動。著書に『ネットはテレビをどう呑みこむのか』、『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』、『「ネットの未来」探検ガイド』、『インターネットは未来を変えるか』、『本の未来はどうなるか』など。大学でメディア論などの授業もしている。週刊アスキーで「仮想報道」を連載。アーカイブはこちら 歌田明弘の「地球村の事件簿」

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