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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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『コララインとボタンの魔女3D』:ストップモーションアニメと3D、新旧映像技術の幸せなマリアージュ

2010年2月 5日

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(C)Focus features and other respective productions studios and distributors.

少女の名前はコラライン(Coraline)。よくある名前"Caroline"(キャロライン)のaとoが入れ替わった綴り。物語の中でも、見慣れた世界と似ているけれど、よく見ると微妙に違う世界が、秘密の扉の向こうに広がっている。

親からかまってもらえず不満たらたらのコララインが、引っ越したばかりの家を探検しているうちに見つけた、夢のパラレルワールド。いつも優しい両親、おいしいご馳走、思わず目を奪われる見世物の数々。

あっちの世界では父親と母親、家の間借り人たち、誰もが不思議なくらい優しくしてくれるけれど、何より奇妙なのは全員の両目がボタンになっていること。そしてボタン目の母はコララインに、「いつまでも居ていいわ、でも目をボタンに付け替えて」と迫る。

こわくなった少女は「夢から覚めれば元通り」と願うけれど、現実世界にも異変が浸食する。はたしてコララインと家族の運命は、そして「ボタンの魔女」の正体は?――

監督のヘンリー・セリックは、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年、ティム・バートン原案・製作)でパペットを使ったストップモーションアニメの名手として世界中で絶賛された映像作家。『ナイトメアー~』は後に通常撮影のオリジナル版からデジタル3D変換されたものが2006年に公開されたが、本作『コララインとボタンの魔女3D』(原題:Coraline)では最初から3Dカメラシステムで撮影されている。ストップモーションアニメを使った3D長編映画としては世界初の作品。

精妙に造形され緻密にアニメートされた(命を吹き込まれた)パペットたちや小道具、背景までもが、3D映像で立体感と奥行き感を得て、一層活き活きとした魅力を放っている。100年もの歴史を持つストップモーションの技術だが、最新のデジタル3D技術との相性は抜群だ。

予告編を見たときから、これは日本人受けするキャラ造形だなと思っていたら、それもそのはず、キャラクターとセットのコンセプトアートを担当したのは日本人イラストレーターの上杉忠弘氏だった。『an・an(アンアン)』『JJ』といった女性誌のイラストや企業広告などで活躍しているので、大勢の日本人が上杉氏の作品を目にしているはずだ。米国のネットの掲示板で同氏のイラストが話題になって関係者の目にとまり、今回の起用につながったという。

親の愛情に飢える子供が空想の世界に逃避する構造は先月公開された『かいじゅうたちのいるところ』に共通するが、こっちの異界は死のイメージが色濃く漂う(たとえば目のボタンは、ギリシア神話に由来するという欧州の埋葬の風習で、冥府の川の渡し賃として遺体の目に置かれるコインを連想させる)。また、インターネットやゲームなどの刺激的で解放感のあるバーチャル空間に耽溺し、実世界での他者とのつながりが希薄になる人が増えている昨今、本作の寓意から自分自身や家族の生活に思いをめぐらせてしまう大人の観客も多いのではないだろうか。

後半からホラー風味の展開もあるが、とにかくかわいらしいキャラや動物たち、職人芸のすごさと膨大な作業量が伝わってくる映像、あたたかみのある作品世界など、その素晴らしさは2010年第82回アカデミー賞の長編アニメ賞の候補に選ばれたことでお墨付き。幅広い層にもれなくお薦めできる傑作だ。

[作品情報]
『コララインとボタンの魔女3D』
監督:ヘンリー・セリック
コンセプトアート:上杉忠弘
主任アニメーター:トラヴィス・ナイト
音楽:ブリュノ・クーレ 
日本語吹替えキャスト:榮倉奈々、劇団ひとり、戸田恵子
2009年/アメリカ/カラー/ビスタ/ 5.1ch/ 100分 日本語吹替版
配給:ギャガ powered by ヒューマックスシネマ
原作:ニール・ゲイマン著『コララインとボタンの魔女』(角川文庫)
公式サイト
2010年2月19日 TOHOシネマズ六本木ヒルズ他にて全国3D公開


(この予告編はYouTubeのチャンネル「Coraline Films」より。ほかにもメイキング動画などが数本アップされているが、劇場で本編を鑑賞してから見る方がより楽しめる。)

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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