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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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震災と映画業界:公開延期と、「自粛解除」の兆し

2011年3月29日

ワイアードの翻訳ニュースで「震災とゲーム業界:開発中止や発売延期情報」という記事があったが、日本での映画公開やハリウッドでの映画製作にも震災の影響が出ているので、主なものを拾い出してみたい。

まず、2月19日に封切られてから震災後に公開中止になったのがクリント・イーストウッド監督の『ヒア アフター』。冒頭で、主要登場人物の一人が休暇で訪れていたタイのビーチリゾートで津波に遭遇する場面がある。同監督作品には珍しいCGを駆使した大がかりなディザスターシーンだったが、これがあだとなり約3週間での公開打ち切りとなった。なお、米国で今月発売になったDVDの収益の一部が、東日本大地震被災者への義援金として寄付されるとのこと。

また、ずばり大地震の描写がある中国映画『唐山大地震-想い続けた32年-』も、3月26日公開予定が延期された。同作については、2月22日にニュージーランドで発生した地震で多くの日本人が犠牲になったことを受け、配給の松竹が検討を経て「予定通り公開し、被災者支援の募金活動も行う」と3月8日にリリースを出すという経緯があった。だが11日に地震が発生し、14日には先の決断を撤回して公開延期することを明らかにしている。

また、福島原発事故により放射能汚染への懸念が広がっている状況を受けて、サミュエル・L・ジャクソン主演作『4デイズ』も4月9日公開予定が延期された。米国内に時限起爆装置付きの核爆弾を仕掛け拘留されたマイケル・シーン演じるテロリストに、ジャクソンが扮する過激な尋問スぺシャリストが対峙するという内容。個人的には、作品中の「核の恐怖」そのものが不適切というよりも、次第にエスカレートする拷問が生々しくショッキングに描写されているため、日々心を痛めている今の日本の観客に受け入れてもらうのが難しいと判断されたのではないかと想像する。

過激な陰惨さとは対極にある、過剰なバカバカしさも自粛の対象になっている。体を張った無謀なチャレンジや汚物まみれのイタズラなどで人気の米テレビ番組の映画化シリーズ第3弾『ジャッカス3D』も、3月26日の公開予定が延期された。平時であれば、大けがの危険を顧みずいい大人がガキっぽい挑戦や悪ふざけに興じている姿に半ば呆れつつも爆笑してしまうだろうが、当分の間はこの手の娯楽を無邪気に楽しめる状況でもない。また、終盤で出演者たちが大量の水で流されるワンシーンがあり、もしかしたらここが津波と結びつけられて非難されることも懸念されたのかもしれない。

大量の水といえば、ジェームズ・キャメロン製作の3D映画『サンクタム』も、4月22日公開予定が延期された。前人未踏の聖域である水中の洞窟内に閉じ込められた探検家たちの脱出劇が描かれており、水難事故のシーンが不適切と判断されたとのこと。

キャメロン監督に関しては、海外から『アバター2』(2014年12月公開予定)の撮影が延期されたというニュースも伝えられている。舞台となる衛星パンドラの水面下の世界を、日本の南東にあり世界最深のマリアナ海溝で撮影する予定だったが、震災後もリスクが残る地域でダイバーたちを危険にさらすのは望ましくないと判断されたという。

先のリンク先では、『X-メン』のスピンオフでヒュー・ジャックマン主演の『ウルヴァリン』の続編についても撮影延期を伝えている。同作では日本での大がかりなロケが予定されていて、ダーレン・アロノフスキー監督が米国の家族と長期間離れたくないという理由で降板したこともあり、2012年の全米公開予定にも影響が出る可能性がある。

他の興行界と同様、震災後は安全面への配慮、節電への協力、交通事情の悪化という要素が重なり自粛ムードが広がっていた日本の映画業界だったが、2週間が過ぎたころから少しずつ「自粛解除」の動きも出始めた。

ワーナー・ブラザース映画は、アンソニー・ホプキンス主演の『ザ・ライト-エクソシストの真実-』の公開を当初予定の3月19日から延期したが、新たな公開日を4月9日(土)に決定したと発表した。悪魔に取り憑かれた人々の描写など、暗く重苦しいシーンが含まれるが、そろそろホラー映画も受け入れられる状況になりつつあるという判断だろう。

また、同じく公開延期されていたSF超大作『世界侵略:ロサンゼルス決戦』も、新たな公開時期が決まった。ただしこちらは当初の4月1日から、半年後の10月と大幅に遅らせている。異星人から攻撃を受け破壊されるロサンゼルスの描写が、被災地のイメージに結びつけられることを懸念したと思われるが、半年が過ぎれば、スクリーンの中で描かれる架空の惨事と、現実の震災とを切り離して鑑賞できるはずという見通しだろうか。

生活必需品ではない娯楽コンテンツは、内容によっては「不適切」「不謹慎」と非難されるリスクも高く、業界が自粛ムードにならうのも理解できる。とはいえ、娯楽産業に限らずどの産業でも、必要以上の自粛は経済活動を停滞させ震災復興を遅らせることにもなる。被災された方々と被災地には十分配慮しながらも、できる限り以前と同じように生産(製造、製作、サービス)を通じてお金を稼ぎ、一方で商品やサービスにお金を払うことが大切であり、そのうえで、できる範囲で寄付をしたりボランティアに参加したりすべきなのだと思う。そうした考えからも、ここ数日で映画業界から自粛ムードが収束に向かいつつあることを感じさせる発表が出始めたことを歓迎したい。

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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