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高森郁哉の「ArtとTechの明日が見たい」

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マイケル・ムーアに原発問題を映画化してほしい

2011年4月11日

4月11日。あの震災から1カ月が経った。地震と津波による被害は天災であり、日本に住む人ならみな復旧・復興の活動に直接的・間接的に関わっていくのは当然と思える。

ただし、福島原子力発電所の事故とその被害については、事前の安全対策および事後の対応いずれをみても「人災」だということを――今更ではあるが――痛感している。

原爆を落とされた唯一の国で、原子力と放射能の恐ろしさを他のどの国よりも身をもって知っていたはずなのに、この半世紀にわたって為政者と電力会社は原子力発電を推進し、記者クラブの大手マスコミも「原発は安全」の大本営発表を流し続け、国民の大部分がそれを信じてしまっていた。

事故後の東電と政府の対応の拙さ、情報提供の遅さはここで改めて書くまでもない。当サイトの読者のように、大手マスコミだけでなくニュースサイトやソーシャルメディアでも日常的に情報収集する人なら、上杉隆氏や岩上安身氏らが原発問題を追及する記事や発言にも触れているとは思うが、両氏を含むフリージャーナリストたちが設立した自由報道協会のThe News <ザ・ニュース>に読み応えのあるコンテンツが集約されている。

ただし、昨日の統一地方選の結果を見る限り、これまでの原発行政に対する問題意識が広く共有されるまでに至っていないようだ。東京都では、webDICEの事前アンケートで「原発を段階的に減らす」と答えたわたなべ美樹氏、東国原英夫氏、小池あきら氏が落選し、「立地や管理の問題など、反省し改善する」として現状維持や推進の含みを持たせた現職の石原慎太郎氏が4選を果たした。各地でも、震災後の対応の拙さで現政権の民主党が苦戦したのはわかるが、自民党が支持を取り返してきたということは、1950年代から原発を推進し不十分な安全基準を設けてきた自民体制の責任を問う有権者が相対的に少ないということでもある。

このもどかしさを何とかしたい。これまで地道に反原発・脱原発の活動をしてきた人たちや志あるジャーナリストたちの取り組みと、原発事故で犠牲になった方々、避難を余儀なくされた人々、放射能汚染(と風評被害)で深刻なダメージを受けた農水産業従事者たちの思いを集めて、大きなうねりを起こせないだろうか。

そんなことを考えていて、ふと思い当たったのがマイケル・ムーア監督と『華氏911』(2004年)だ。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を題材にした同作は、当時のブッシュ政権と軍産複合体を真正面から批判し、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞、興行的にも成功して、広く国際社会から関心を集めるのに貢献した(ただし、主目的であったブッシュ再選阻止は果たせなかったが)。

政権と大企業が利権で癒着し、一般市民の命や生活が軽視され、事前の警鐘が活かされず、事後に迅速・公正な情報提供を行わない――。「2001.9.11」と「2011.3.11」には、単に数字だけでない、奇妙な類似点が数多く存在している。

もしマイケル・ムーアが、福島原発事故に象徴される日本の原発の問題(「原子力村」というキーワードも周知されつつある)を題材に、ドキュメンタリー映画を作ったとしたらどうだろう。グローバルな視点でこの問題を検証してもらうことで、私たち日本人も改めて学び考えることができ、国際的に影響力のある監督の作品で国際世論という外圧を喚起できれば、それを追い風に脱原発への動きを加速できるのでは――そんなことを夢想してしまう。

もちろん、このアイディアには難点も多い。まずムーア監督が関心を持つかどうか。米国在住の監督が、日本で長期の取材が可能かどうか。日本人のフリージャーナリストでさえ苦労している政府や東電への取材(公式な会見からフリーランス、海外メディアは締め出されている)に、通訳を伴ってどこまで切り込んでいけるか。

製作費はどうだろう。『華氏911』は600万ドル、同監督の最新作『キャピタリズム~マネーは踊る~』(2009年)は2000万ドル(約17億円)。監督やスタッフが日本に長期滞在となれば、さらに費用は膨らむかもしれない。決して安くはない金額だ。

だが、こうしたテーマの映画なら、幅広い層から資金を集めることが可能になるのではないだろうか。日本では過去にも映画ファンドで資金調達した例がいくつかあり、個人向けでは一口10万円という募集もあった。もちろん従来はリターンを期待する投資商品ではあるが、たとえば、収益の半分は被災者への義援金、何割かを還元するといった形でも理解が得られそうだ。個人的には、日本の将来を変えるかもしれない「映画作り」に貢献できるなら、10万円ぐらいであれば出資したいと思う。100万、1000万と言われたら無理だけど。

さらに小口の資金、たとえば数千円とか数十ドルとかを、世界中からクラウドソーシングの手法で集めることも検討できそうだ。金額に応じてエンドロールに名前が載ったり、DVDをもらえたりという特典が考えられる。

資金集めだけでなく、企画から情報収集、資料作成、取材・撮影協力、宣伝まで、コラボラティブに個人が参加できる局面はいくつも考えられる。その際、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアが大いに役立つはずだ。

作品の方向性やイメージを分かりやすく示すためにムーア監督と『華氏911』を挙げたが、彼の手法や作品には批判もあるし、唯一絶対の要件ではない。「原発問題ならマイケル・ムーアよりいい映画を作れる」と自負する監督がいれば検討されるべきだろう。海外のドキュメンタリー作品事情にも明るい映画評論家の町山智浩氏なら、候補になる監督を教えてくれるかもしれない。日本のドキュメンタリー映像作家にも、原発問題に取り組んでいる鎌仲ひとみ監督や西山正啓監督などがいるし、個人的には、オウム取材などの手法やスタンスに共感を覚えた森達也監督に興味を持っていただけないかと思う。日本人監督だと国際的なアピールの点で不利かもしれないが、反核運動でも知られる坂本龍一氏やオノヨーコ氏など、世界的に著名なアーティストから賛同を得られれば補える可能性もある。

......とまあ、夢想を書きつづってしまったが、一介のライターとして今自分にできることのひとつは「アイデア出し」ではないかと思ったので、その点をご理解いただければ。

ムーア監督とは残念ながら面識もコネもないが、言いっぱなしも無責任なので、公式サイトのcontactフォームからメッセージを送ってみた(昨日)。

続いて、今週中にでもUPLINKが配給・上映している『100,000年後の安全』を観てこようと思う。ちなみにUPLINK社長の浅井隆氏は、先に都知事選アンケートでリンクを張ったwebDICEの編集長でもあり、原発問題に関する映画の配給や情報発信などの継続的な取り組みに大いに敬意を表したい。

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プロフィール

フリーランスのライター、翻訳者としての活動を経て、2010年3月、ウェブ・メディア・地域事業を手がける(株)コメディアの代表取締役に。多摩地域情報サイト「たまプレ!」編集長。ウェブ媒体などへの寄稿も映画評を中心に継続している。

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