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白田秀彰の「現実デバッグ」

社会システムのコーディングし直しを考えてみる。

No. 7 記録報告者

2007年12月19日

(これまでの 白田秀彰の「現実デバッグ」はこちら

昔から、優れたハッカーには、ドキュメントを書かないという悪い癖がある。ハッカーにしてみれば、「そこにちゃんと書いてあるじゃないか、アセンブラで。」という感じで、彼にとって、わかりきったことを曖昧な自然言語で書く動機が無いのだ。一方、プロジェクトの受益者たる一般の人々にとっては、動くコードがあるんだから、どのようにそれが実装されているか、どのようにそれが機能しているのかというような、細かいことは気にしないという態度になる。すると、コードに関して整理し、記録し、報告し、調整する作業は、将来の改訂に備えて、また全体の整合の確認のために、やらねばならないんだけど、誰もがやりたがらない仕事ということになる。

もちろん、膨大な日本国システムのコード改訂履歴は、ほぼ自動的に CVS (concurrent version system)のようなバージョン管理システムによって追跡可能な状態で維持される。しかし、そのプロジェクト全体の方向性や問題について、開発チームとは別の視点からまとめて報告し調整する仕事が必要になる。2ちゃんねるでいうところの「まとめサイト」みたいなものだろうか。こういう仕事は、どちらかというと官僚っぽい性格の人に向いているように思う。しかも、かなり長期にわたってプロジェクトを観察しつづけなければならないので、ヒマなときに片手間に参加してもらう、というボランティアではダメだ。専業の人ということになる。そうであるならば、給料を払わないとその人が生活できないだろう。また彼は、客観的で公正無私な人でなければ困る。

こうした仕事は、そうだな... 記録報告者ともいえるだろうか。現在の日本国システムでは、事務局職員とかそういう感じになるんだろうか。大事なポイントは、記録報告者は、プロジェクトの内容に関与すべきでないことだ。他のプロジェクトや、最終決定権者の意向について、会議を通じて知りうる記録報告者の立場から、プロジェクトの方向について提案し主導できるとなると、いまの政府官庁の審議会とか委員会のように、実質的に事務局がその議論を支配してしまえることになる。

したがって、記録報告者は、膨大な文書や提案を的確に整理して、わかりやすく提示する編集能力に関する資格試験によって選抜され、政府の公務員として勤務することが適切だろう。記録報告者がどのプロジェクトの記録報告担当になるかは、ランダムに決定されるものとしたほうがいいだろう。可能であれば、記録報告者自身は、そのプロジェクトの内容について利害関係および関心がないくらいのほうがよいかもしれない。

さらに、そうした記録報告者の客観性や中立性についてどうやってチェックするのか、というツッ込みが入りそうだが、それこそ、本来ジャーナリズムが担当すべき仕事だったわけで、あるプロジェクト全体のテキストにアクセスし、それを要約整理する仕事を記録報告者の独占的な任務にする必要はない。誰でも好きな人が勝手にやればいいのだ。ただ、先に述べたように、あるプロジェクトに関心をもち「まとめサイト」を勝手に作るジャーナリストあるいはブロガーが、必ず少なくとも一人いる、ということはボランティアベースでは保証できないわけだから、その最低限の一人は、公務員として配置する必要がある、と言っているわけ。

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プロフィール

1968年生まれ。法政大学社会学部准教授。専門は情報法、知的財産権法。著書にHotwired Japan連載をまとめた『インターネットの法と慣習』などがある。MIAU発起人。HPは、こちら

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