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白田秀彰の「現実デバッグ」

社会システムのコーディングし直しを考えてみる。

No. 22 教育制度批判 その5

2008年4月16日

(これまでの 白田秀彰の「現実デバッグ」はこちら。

私は、現在で言うところの小学校を初等教育と置き、上記( 前回)の共和国のための徳の設定を中心課題としながら、基礎的学力の設定を行う場所とすべきだと思う。ここでは、子供達に「美しいフィクション」を用いても全くかまわないと考える。とくに、自己利益を抑制して共同利益について考える能力、自己を客観視して他者と平等に取り扱う態度を中心にすべきだと考える。

次いで、現在で言うところの中学校を公民教育と置き、現在の社会の成り立ち、我が国の置かれた状況、基本的な法律や制度を中心課題としながら、社会人として日常的に必要とされる基礎的学力・能力の設定を行う場所とすべきだと思う。そもそも、我々が法律によって社会生活を規定されているにもかかわらず、大学の法学部に行かないと法律を教えない、ということ自体が間違っていると私は思うのだが、皆さまはどのように考えるだろうか。

さらに、現在と大幅に異なる点として、中学校卒業試験を行う。内容は、「平和で民主的な国家及び社会の形成者としての必要な資質」が備わっているかどうかの試験。別にペーパーテストである必要はない。さまざまな方法を駆使すればいい。私個人としては、数週間に及ぶ卒業候補生だけの農業体験生活というようなものがいいのではないか、と思っている。不合格の場合、中学留年。

ここで義務教育はお終い。これ以降の教育内容について国家が介入することは禁止される。逆に、中学卒業段階までに、すべての国民に共和国のための徳と社会生活に必要な基本的学力と能力を備えさせることは、政府の義務だから、ここまでを義務教育とするわけ。そのためには、かなりの詰め込み教育でもかまわないと思う。すると、多くの教育関係者が危惧するように、なんだか戦前っぽい「いい子ちゃん、いい子くん」ができ上がることになるだろう。で、ほとんど全ての国民がこのままだと、また狡賢い人が、「素直で良い国民」を騙してなにか悪いことに動員しようとするかもしれない。

そこで、高等教育の意味がでてくる。現在でいうところの高校は、大きく、職業専門教育と、さらなる高等教育へ進むための高等普通教育に分けられることになる。で、いずれの学校に行くにしても、入学式の時に校長に「今まで君達が教わったことは、ウソだぴょーん」ということを、もう少し上品な言葉で厳かに伝えていただく。もちろん、職業専門教育においては、ある特定の職業に必要な専門技能を中心とすることになるけれど、高等教育においての必修事項は、全ての事柄が「ある目的」によって選択された「ある視点」から語られているという理解だ。学生達が、語られている内容だけでなく、語られている枠組みについてまで、考えられるように教育するのだ。すなわち、哲学の入り口くらいまで導く必要がある。

「真実」とされていることを相対化して、自らの知識や経験や信条と総合的に判断して、自分自身として、どの「解釈」を取るのか、という視点が絶対に必要になる。これで、容易に誰かから騙されない人ができあがる。大学進学への準備としての高等学校の普通科では、むしろ中学までの教育の問い直しとか疑いを、哲学的に探求するような内容のほうがいいと私は思う。「生命とはどのような現象か」「なぜ1+1が2になるのか」「なぜ法律は私達を拘束するのか」というような問いだ。中学までに、理屈抜き論証抜きで教えられてきたことを、一度全部疑う教育を中心とする。

そして、そうした懐疑を乗り越えてさらに勉強したいと思うような、奇特な学生が大学へ進学してくる。そして、それぞれの専門領域に向けて、これまでの高等学校で行われていたような発展的教育をすすめ、学問的真実の探求にすすむというわけだ。私が思うに、現在の高校で行われる各種教育は、日常生活には不要なほど高度で精緻である一方で、その内容の前提となるような基本部分が問われていないので、高校の教育内容は、クイズかパズルのようになってしまっている。何のために役の立つのか(ウルトラクイズ?)、なぜそのようなことになるのか、が抜けてしまっているのだ。そういう、日常的感覚では何の役に立つのか分からないことを、大学でやればよいのだと思う。

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プロフィール

1968年生まれ。法政大学社会学部准教授。専門は情報法、知的財産権法。著書にHotwired Japan連載をまとめた『インターネットの法と慣習』などがある。MIAU発起人。HPは、こちら

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