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白田秀彰の「現実デバッグ」

社会システムのコーディングし直しを考えてみる。

No. 24 教育制度批判 その7

2008年4月30日

(これまでの 白田秀彰の「現実デバッグ」はこちら。

それでは、大学時代の私のようなボンクラ学生が「なんか一番ってカッコいいじゃん!」とか言いながら東京大学の講義に通って、東京大学の学位授与試験を受験するだろうか。そうはならないと思う。たぶん、四月に東京大学の講義に出席してみて、周りの学生の頭の良さそうなこと、講義の内容の高度なこと、課題の多いことに恐れをなし、次第に大学の難易度を下げていくだろう。もとより受講は勝手なのだから、近辺で通いやすい大学の講義をあれこれ受講してみて、「このあたりが自分でもついていけるところだな」という大学の講義に落ち着くはずだ。もし、どこの大学の講義にもついていけなければ、もとより大学には向いていなかったのだ。すぐに就職したほうがいい。

逆に、講義の受講それ自体は自由かつ基本的に無料 (人気講義は有料の場合あり) なのだから、学位を取得するつもりがなければ、永久に大学生でいられる。生涯教育とか、退職者達の知的好奇心を満たすことにも貢献するだろう。

さて、その大学で例えば法律学について勉強して、大体一通り理解したと思ったとする。どこの大学の学位認定試験を受験するだろうか? 普通に考えて自分が通った大学の学位認定試験を受験するだろう。あるいは、それよりも容易に学士号を出してくれる大学の学位認定試験を受験するだろう。受験料は数百万円だ。ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たるなんてことができるのは資産家の子弟だけだ。だから、逆に考えれば、もし、東京大学の法学士の資格が欲しければ、石に噛り付いてでも東京大学の講義に通うはずだ。出題者である大学教授の講義を聴くことが、またその教授の演習に参加することが、学位認定試験で有利になることは明らかだからだ。

この仕組みが何を意味するかといえば、現在のように、大学受験時に人生において最大の努力をしてクイズ勉強をして、どこかの大学に合格したら、あとは四年間遊び呆けて、ほとんど自動的に学士の資格を獲得して就職するということがなくなる。今の「○○大学卒業・学士」という地位は、その人が卒業の四年くらい前に、その大学に入学できる程度にクイズに熟達していたという事実を示すだけになっている。だから、学生に大学の講義が尊重されず、また学位も社会においてほとんど意味をなさない。

しかし、私の提案なら大学が真の学びの空間になる。数百万円の試験に向けて本当に人生における最大の努力をもって勉強をするだろう。しかも、学問の内容は、大学が自由に展開し、学生が自由に選ぶのだ。それは、実務重視の内容でもよいだろう。理論重視の内容でもよいだろう。その大学がどのような水準の試験を課すのか、ということが公表されていれば、社会が、その大学の学位の価値を測るはず。そうすれば、ある大学の学位の社会的意味は、飛躍的に重要になる。

こうして、大学受験そのものが無くなれば、高校以下の学校でクイズ的知識と受験技術を学ぶ必要がなくなる。小学校で基礎学力、中学校で国民としての常識、高校でより高度な学力と常識に対する懐疑の態度を身につける。大学はモノズキが行くところに戻す。それが私の提案だ。こうした妄想的かつ突飛でバカげた提案は、実現されることはないだろう。仮になにかのマチガイで実現されそうになったときには、三千世界の鴉を殺す嵐のような批判と反発とデモが巻き起こるだろう。それこそ担当大臣は殉職するハメになるかもしれない。

しかし、今のままの無意味なクイズ教育で、若い才能や若い意欲が無為に消耗していく姿を見つづけるのは、私にとって実に実に忍びないのだ。だから、子供達を救うために、いまの学校教育制度をいったん止めるべきだとまで考えるのだ。

公立学校とは、政府が運営する若年者収容所だ。それは近代システムに依拠して存続する共同体のための 必要やむをえない洗脳矯正施設として作られた。そうであるなら、そんな若年者収容所の役割はできる限り小さくして、公民教育だけに限定し、本当の意味での個人的成長は、それぞれの家庭で、社会で、共同体で、多様に行うべきだと私は思う。

現在の教育の歪みは、若年者収容所で一人の人間の全てを形成しようとすること、しかも一人一人の人格や個性を反映して形成するよう要求しながら、画一的な教育手法を採用し、その形成程度の評価はクイズ正答率だけに依存するという、本質的にナンセンスで悲劇的・喜劇的かつ理不尽なことを実行しようとするところにあるのだと、私は考える。

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プロフィール

1968年生まれ。法政大学社会学部准教授。専門は情報法、知的財産権法。著書にHotwired Japan連載をまとめた『インターネットの法と慣習』などがある。MIAU発起人。HPは、こちら

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