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白田秀彰の「現実デバッグ」

社会システムのコーディングし直しを考えてみる。

No. 21 教育制度批判 その4

2008年4月 9日

(これまでの 白田秀彰の「現実デバッグ」はこちら。

では、現在の教育はどうなっているのか。第二次世界大戦で大変痛い目にあったことや、日本国民が戦争中に「軍部に騙された」原因が「悪の教育」にあったというような総括の結果、義務教育において、まかり間違っても「国家共同体に貢献する国民の育成が目的です」なとど言えなくなってる。まずここが、上記の共和制に関する議論からすると矛盾している。共同体が、共同体を維持発展させることを目的とする教育ができないわけだ。若い構成員の教育において、仮に共同体を否定し疑う教育を進めているのなら、彼らは間違いなく貢献意欲を失っていき、長期的にみて共同体は危機に瀕するはずだ。

それゆえ私が思うに、政府とくに文科省(文部省)は、いかなる批判や圧力や暴力に曝されようが、頑として「義務教育は国家共同体に貢献する国民を作り出すためにある」と決死の覚悟で踏ん張るべきであったのだ。それをせずに、教育の根幹部分を曖昧ヘロヘロに置いたまま60余年。根幹部分を曖昧にしたまま、枝葉の部分で教えるべき内容を政府が事細かに決めるのなら、しかも、その枝葉の部分がチグハグであるなら、そりゃ、学校教育が何のためにあるのか、教えている側にも、教えられる側にもサッパリ分からなくなるのは当然だ。まあ、教えている側としてみれば、それは職場であり、糊口を凌ぐための手段に過ぎないのかもしれないが。

しかし、教えられる側としてみれば、何のためなのかサッパリ分からないクイズ教育を12年も受けていれば、まともな自我を備えた人間なら、後半すぎあたりからバカバカしくなるに決まっている。さらに、なんだか根拠の良くわからない学歴信仰ができあがってきて、競争が激化すれば、学生選抜段階においてさらにクイズを緻密化しなければ差がつかなくなってしまう。するとますますクイズのためのクイズが高度化していくわけだ。私は、その受験競争の渦中にあって、あまりその「意味」を気にしない知的鈍感さのおかげで、なんの葛藤もなくそれを乗り越えることができた。しかし、私よりも優れた感性と本質への洞察力を持っていた人物であれば、その無意味さに耐えられず、受験競争から脱落したのではないかと思う。それゆえ、私は戦後の文科省の政策に憤っているのだ。

教育基本法では、教育の目標を「人格の完成」と置く。つづいて「平和で民主的な国家及び社会の形成者としての必要な資質」をもつ「心身ともに健康な国民の育成」としている。教育の目標は「人格の完成」であっていいと思う。しかし、国家が義務教育として与えるものは、そうした高度な目標である必要はない。そもそも国家が「人格」の善し悪しやその完成・未完成を判断すること自体が、個人の精神的自由の侵害ではないか。国家は、「平和で民主的な国家および社会の形成者としての必要な資質」を教育する以上のことをしてはならない、と私は考える。教育によって人格を形成しようとするから、子供達が心を病み、教育が全員に無意味で高度なクイズを強いるから、子供達の成長を捻じ曲げ健康を害するのだ。

で、もっとも重要な「平和で民主的な国家及び社会の形成者としての必要な資質」の教育は、今どこで行われているのだろうか? 「祖国愛」「自己犠牲」「法律の尊重」「公共の利益の優先」「平等主義」はどの段階で教えられているのだろうか? 小学校か? 中学校か? 私は知らない。私の経験からすれば、「道徳」の時間の「お題目」以上の水準で、そういったものは一切教えられなかった。上記の価値が、我々の共同体を維持するために必須であることを実感として理解したのは、私についていえば、恥ずかしながら大学院に入ってからだ。

残念ながら、上記の共和国のための徳は、共和国において必須でありながら、それらの徳を理性的に理解することに、かなりの知的蓄積を必要とする。だからこそ、初等教育では理屈抜きに子供達に「設定」していくしかない。場合によっては「方便(ウソ)」を使いながら。これは共和国のための「美しいフィクション」だ。そうした洗脳的教育を大方の教育関係者は批判するだろうが、そうしなければ、我々の社会が拠って立っている基盤が破壊されるのだ、と言ってもダメなんだろうか。正義と真実の尊重を掲げたまま、我々の共和国が正義と真実に到達し得ないまま沈んでいく姿を、我々は見守るべきなのだろうか。

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プロフィール

1968年生まれ。法政大学社会学部准教授。専門は情報法、知的財産権法。著書にHotwired Japan連載をまとめた『インターネットの法と慣習』などがある。MIAU発起人。HPは、こちら

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