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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

真面目に考えると大変な「エコ負担」 〜 排出量取引をきっかけ「お金」の議論を!

2008年9月18日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

CO2を出すと「ペナルティ」が加わる社会

CO2と企業の関係をめぐる興味深いニュースが、日本では伝えられないものの、各国でたくさん出ています。

バンク・オブ・アメリカ(通称・バンカメ)という大手米銀は今年2月、「取引先の出すCO2を1トン当たり20〜40ドルの潜在的負債として、融資の判断を行うべきかどうか、検討を始める」と、表明しました。

EUでは2012年から温室効果ガスを「オークション方式」で産業界に配分することを検討しています。「オークション」とは、各国が産業ごとに排出枠を売り出し、企業は買った枠の中でしかガス・CO2を出せないという方法です。この方法では、国は排出枠の上限を設定するため、ガスの量をコントロールしやすくなります。一方で、企業経営から考えると、排出枠を買えるかどうか分からないため生産活動が自由に行えません。そのために今、各国の産業界とEU委員会がもめています。

仮にEUやバンカメのアイデアが実行されたらどうなるのでしょうか。

日本の環境省は企業の温室効果ガスの排出量の一覧を公表しています。CO2価格を1CO2トン=3000円で計算し、減益要因なると仮定します。

06年の排出量で見てみましょう。(社名・排出量・減益幅の順)
第1位・東京電力(6897万トン)2069億円
第2位・JFEスチール(6072万トン)1821億円
第3位・新日本製鉄(5993万トン)1798億円
第4位・中部電力(5539万トン)1661億円
第5位・電源開発(4401万トン)1320億円

以下、大口排出者は、東北電力、中国電力、住友金属工業、九州電力、関西電力と続きます。【注1】
旅客部門1位は日本航空インターナショナル(452万トン、140億円)ですから、電力と鉄が大量のCO2を排出していることが分かります。

また日本の温室効果ガスの06年度の排出量13億4000万トンのうち、企業・公的部門起源の排出は8割を占めます。これが仮に負債となれば約3兆円です。環境省が各企業の排出量と算定方法を公表しているので、皆さんも自分の会社の排出量を試算すると、興味深い結果が得られると思います。【注2】

東京電力の年間売上高は連結で5兆円を超えますが、06年度の経常利益(事業活動による利益)は3720億円です。中越地震で発電効率のよい原発が止まった07年度に同社は220億円の赤字となりました。仮にCO2が会計上で負債となったら、経営が傾きかねません。電力・鉄鋼業が、規制に大反対するのも、理解できます。

私たちへの負担はどれくらい?

CO2を金銭で評価して経済に組み込むべきだ——。こうした意見が「環境派」やメディアによって主張されます。その背景に「温暖化を止めなければならない」と善意のあることは理解します。しかし軽々しく言ってほしくはありません。CO2の企業経営への組み込みは、とんでもなく大変なことです。

「空気を管理できないで倒産してしまった」。近未来にこんな冗談のようなことが起こりかねないのです。

企業がCO2による「エコ負担」を自社のみで引き受けることはないでしょう。製品価格に転嫁するはずです。ある鉄鋼メーカーの担当者に聞いたところ、CO2のコストを顧客に負担してもらうと、「商品価格への1割以上の上乗せが必要になるだろう」と、言っていました。また、電力会社の企画担当の社員からも「世界一高いとされる日本の電力料金がさらに1〜2割高くなる」との見通しを聞きました。

総務省の家計調査によれば、ここ数年勤労者世帯では毎年収入減が続く一方で、支出では08年で1カ月当たり光熱費3〜4万円、食糧費6〜7万円、総支出30〜33万円を推移しています。これが1割増となると、かなり厳しい影響が出るはずです。

「消費税10%台は一つの目安かと思う」(麻生太郎衆議院議員)などと、日本では国民の公的負担の増加が検討されています。米証券リーマンブラザースの破綻は一例ですが、世界経済はこれから2〜3年は混乱し不況となるでしょう。その上で「エコ負担」が加わると、企業も個人も大変な苦しみを持つことになります。

排出量取引の試行をきっかけに議論を

辞任を表明した福田康夫首相は、温暖化問題に関して次期政権に「宿題」を残しました。6月に発表した、「福田ビジョン」で排出量取引の試行的実施を表明したことです。

10月の実施に向けて環境・経産省が、企業・産業界に排出権取引の設計を近く発表します。現時点での報道や取材を総合すると、強い規制は見送られる見込みです。企業の自主参加で、罰則はなく、キャップ(排出の上限)は過去の実績に基づきエネルギー使用の効率性も加味して設定するという内容になるでしょう。

この試行取引では、温室効果ガス・CO2の大幅削減は実現しないでしょう。そもそも私は排出量取引を「うまく機能しない」と批判的にみています(参照:過去のブログ)。特に、そのキャップの設定について、どんなに制度を工夫しても、政府による規制が必要となり、それは恣意的・政治的裁量に基づき、行われます。公平性を業界、または企業ごとに確保できないためです。

ですが、こうした試行はいい機会であると思います。なぜならば企業にとって、排出量取引で、CO2・温室効果ガスの排出を「洗い出す」ことになるためです。そして「巨額の負担が必要になる」という現実を直視することになるでしょう。「引き返す」こともできるのです。

これまで温暖化問題については「地球を救え」という情緒的な議論が行われ、「××%削減」という実行性を考えないスローガンや主張ばかりが目立ちました。ようやく、現実に基づいた議論が行われる環境が整います。

私は個人として、次の世代のため温暖化問題の解決に対して、ある程度の負担をする用意があります。ですが効果がないことに自分のお金は使いたくないですし、日本経済をおかしくしてほしくはありません。読者の皆さんも同じ考えを持つでしょう。

この試行取引の開始が「負担」をめぐる、議論のきっかけになることを期待します。

【注1】週刊東洋経済、2007年7月12日号特集「地球はホントに危ないか」から数字は引用しました。
【注2】温室効果ガス算定・報告・公表制度について

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。