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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

「エコ情報にはうんざり」? 〜 消費者の変化への向き合い方

2008年9月25日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

「エコ情報の洪水」への戸惑い

私は健康のために食事を菜食中心にし、食をめぐる情報を調べています。また報道の仕事のために温暖化問題についての情報を集めています。ところが勉強するほど、困惑するようになりました。

食をめぐる情報はもともと大量にあり、最近は環境保護・地球温暖化防止の問題と結びついて、その情報量はさらに増えています。

輸送にかかるエネルギーを使わないため、社会から食物の「地産地消」(産地近くでの消費)が求められています。また、食物貿易が途上国の人々を搾取しているという批判もあります。一方で、相互利益のために「国際分業」を勧める意見も出ています。

飲み物では、私は可能な限り再利用可能な容器を使い、ペットボトルはリサイクルに出します。ところが、「使い捨て紙パック容器は再生できるため環境に優しい」また「ペットボトルのリサイクルは環境に意味がない」という意見もあります。

「肉食が牧草地と家畜飼育で温暖化をもたらす」という説についても、賛成・反対の議論が世界で続いています。

「情報が多すぎて何を信じたらいいのか分からない。だからうんざりしている」。これが食と温暖化の情報について、私が今持つ感想です。そのために、ここ一カ月ほどは食材を買うときには、勉強で得た情報をあまり使わず、値段と新鮮さだけを見るようになりました。

食だけではありません。家電製品、車などの移動機械、日常のエネルギー消費などで、「エコに役立つ」ことを強調する商業広告やメディア情報があふれています。「環境保護派」に属する私にとっても、多すぎる情報に戸惑いますし、使いこなせていません。読者の皆さんも、同じ感想を抱くのではないでしょうか。

「エコ替え」の失敗?はなぜ起こったのか

大量のエコ情報への「うんざり感」は世界で広がっています。アメリカのメディアでは「グリーン・ノイズ」「グリーン・ウォッシュ」という言葉が登場しています。

前者は膨大な環境情報(英語で「グリーン・メッセージ」と呼ばれます)の洪水を「雑音」と評して消費者が嫌う動きを示したものです。後者はグリーン(環境)とホワイトウォッシュ(安価な塗料(しっくい)、ごまかしの意味)、そして「洗濯」(ウォッシュ)をかけて、表面的な環境対応を批判した言葉です。

米紙ニューヨーク・タイムズで『グリーン・ノイズの時代』という興味深い記事を読みました(注1)。環境関連広告代理店のシェルトン・グループによれば、2007年と2006年を比べると、商品の種類ごとに異なるものの、22〜55%の消費者が前年よりも環境配慮型の商品を買わなくなりました。「調査した人の半数は『グリーン・メッセージはもうたくさん』とうんざりしています。環境問題への反動が現実に起きています」という同社は分析していました。

「反動」と言えば、日本でも今年の夏ごろのトヨタ自動車の「エコ替え」という広告キャンペーンが話題となりました。「トヨタの車に買い換えれば『低燃費』と『低CO2の排出』が達成され『ECO(エコ)』が実現する」というメッセージを込めた広告キャンペーンです。

ところが、「エコ替え」をネット上で調べると、ブログでは総じて批判が多いのです。「エコ替え」が「エコ買え」「エゴ買え」に聞こえ、「不快感を持った」という意見が多くありました。さらにLCA(ライフサイクルアセスメント)からの批判、つまり「新車を買って廃棄する方が、今持つ車を乗り続けるより、エネルギーとCO2を出すはず」という疑問もありました。この答えは車の使用状況や車種で違うため一様に決まりませんが、トヨタ側は詳細な回答を示していませんでした。

余談ながら、エネルギー問題では専門的な事柄であるLCAが議論となる状況を見て、「日本の消費者はよく勉強をしている」と私は改めて感心しました。

私はトヨタ自動車の技術力、企画力、営業力に深い敬意を持ち、そのエネルギー効率のよい製品にも感銘を受けています。ところがその強みを強調したところ、消費者に反発を受けてしまいました。

この理由はいろいろ考えられますが、私は社会に広がり始めたエコ情報への「うんざり感」が影響しているように思えます。

「エコ」の強調に反発のリスクが強まる

企業や行政は社会を動かすいろいろな「仕掛け」を考えます。これを否定するつもりはありませんが、情報があふれる中で人々がコントロールされた情報に単純に従うことは少なくなっています。それどころか「操作主義」とも言えるマーケティングや公的キャンペーンに、反感を示す例も増えています。こうした反発とエコ情報への「うんざり感」が結びつく気配があるのです。私たちは理性で正しいと思っても、感情で拒絶反応を示す行動を頻繁に行ってしまいます。

前述のNYタイムズの記事で面白い言葉がありました。「グリーン・メッセージの洪水の中で、人々が『環境燃え尽き症候群』になってしまったらどうなるのだろう」。効果的な温暖化対策のためにも、また環境ビジネスで企業が長期に成功するためにも、今のように「エコを強調する」することは、もはや賢明な策であると私には思えません。

私たちが仕事や社会活動の中で温暖化問題を訴える場合には、日本人がお得意とする「さりげなく」エコ情報を織り込むという態度が必要になっていると考えます。そうしなければ「エコはもういい」と反発を受けるリスクが強まっているのです。

【注1】ニューヨーク・タイムズ、2008年6月15日「グリーン・ノイズの時代

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。