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石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」

温暖化問題と切り離せない経済。「お金」と温暖化の関係を追う。

アメリカの温暖化政策は変わるのか? 〜 オバマ氏の魅力に「惑わない」で検証する

2008年11月13日

(これまでの 石井孝明の「温暖化とケイザイをめぐって」はこちら

オバマ政権で温暖化対策は進むのか

「YES, WE CAN」というスローガンとともに、アメリカの次期大統領にバラク・オバマ上院議員が選出されました。その自伝『マイ・ドリーム』(ダイヤモンド社)を読み、数々の見事な演説を聞くと、聡明で誠実な人柄が浮かび上がります。そして、スマートでかっこいい人物です。「何かをやってくれそうだ」。他国人の私もそんな期待を抱きます。

地球温暖化問題・環境政策でもオバマ次期大統領による変化に期待が集まります。オバマ上院議員の公約、発言を検証してみましょう。

  • 2050年に温室効果ガスの現時点からの80%の削減を目指すことを表明しました。
  • 対立候補である共和党のマケイン上院議員は、原子力発電所の増設によるCO2削減を打ち出しました。それを批判し自然エネルギーの普及を主張しました。
  • 地球温暖化対策を「中長期的な解決策」と位置付け、今後10年間で1500億ドルを投入し、自動車とクリーン・エネルギー業界で500万人分の雇用を創出する計画を公表しています。
  • 全米での排出権取引の導入にも積極的な構えを見せています。
  • ブッシュ政権が離脱した京都議定書の復帰には言及していませんが、温暖化対策の国際協調を訴えています。8月のベルリンでの演説では、EUとドイツの環境政策に「敬意を持つ」と言及しています。

確かにブッシュ政権からは変化の兆しがあるものの、まだ具体的なものではありません。

嫌われていない? ブッシュ大統領の環境政策

オバマ次期大統領は、アメリカ内外の「反ブッシュ」の声に支えられて当選した面があります。過度な反感を集める気の毒なブッシュ大統領の環境政策は、どのようにアメリカで受け止められているのでしょうか。

ブッシュ大統領は一貫して、温暖化に伴う規制に消極的でした。ゴア氏の関与した京都議定書の敵視と脱退、各国間の公平に基づく温暖化防止の国際体制の訴え、国内では自動車エンジン研究を中心に補助金を増額し、コーンから作るバイオ燃料の普及促進をしたことが、主な政策でした。

ところが、来日したアメリカの研究者や官僚に国内事情を聞くと、ブッシュ政権の環境政策は批判されていません。私が取材した人の大半は日本の政府、経団連などが主催するシンポジウムの出席者で、「政権側」「共和党系」の人々であることは割り引いて考えなければなりませんが、嫌われていなかったのです。その主張を要約してみます。

  • 京都議定書は温室効果ガスの削減数値目標を設定し、それを義務付けることに特徴があります。エネルギー効率がよくないアメリカにとって、これは不利な国際体制でした。京都議定書からのアメリカの脱退は「妥当な選択」という意見が多数です。
  • バイオ燃料へのテコ入れは穀物価格上昇の一因になりました。その結果、アメリカの農民は収入が4年で2倍になりました。この政策は世界中で評判が悪いものの、農業関係者の利益になっている以上、「その政策転換は難しい」という意見が多数です。
  • アメリカ連邦議会では温室効果ガスの削減について、自国制度の構築が議論されています。ただ、そこでは「カントリーファースト」(国内第一)というスローガンが語られ、規制を産業界に加えることに、共和・民主両党とも消極的だそうです。さらに削減数値目標は「政策を束縛する」と嫌われています。
  • アメリカが不利になる形の国際制度は、政府も議会も絶対に承認しません。京都議定書への「復帰の可能性はゼロ」と誰もが言います。
  • ブッシュ政権の投資優遇策と高額所得者の減税で、新エネルギー関連のベンチャーの創出が促進された面があるとの意見がありました。

つまりブッシュ政権の環境政策は大統領個人の意思だけではなく、議会の意向や国内事情がかなり反映されています。「オバマ氏は環境・温暖化対策を重視する」という単純な解説が日本で流布しています。ブッシュ政権よりは前向きでしょうが、こうして冷静に検証すると、何かが劇的に変わるとは思えないのです。

オバマ政権の温暖化・環境対策はまだ明確には見通せないものの、これまでのアメリカの政策とオバマ氏の発言から考えると、次の2点の特徴を持つでしょう。

  1. EUのような「ビジネスを規制する」という発想ではなく、「ビジネスの力を利用する」という政策になる。
  2. アメリカの損となる国際制度は必ず拒絶する。負担の公平を求める。

これはブッシュ政権の政策でも見られたことでした。

日本の環境政策はオバマ氏次第?

オバマ政権は当初、金融危機や中東問題に忙殺されるでしょうが、2009年中には国際制度の提案を行うでしょう。ポスト京都と呼ばれる2013年以降の枠組みが、2009年末をめどに結ぶことが、決められているためです。

以前にも言及しましたが、政治家の力、そして外交力を考えれば、日本が自前で温暖化対策をめぐる国際制度を作り出すことは難しいでしょう。変に頑張ると、京都議定書のように大変な重荷を背負ってしまいます。実力に応じて、損をしないように、日本に有利な立場を保てばいいのです。こうした醒めた見方は「日本は環境で世界をリードしろ」と主張する皆さんからはお叱りを受けそうですが……。

温暖化をめぐる国際交渉では、EUが外交攻勢ともいえるさまざまな提案を仕掛け、発展途上国は削減義務を拒絶し、アメリカは「カヤの外」になっています。こうした構図の中で、アメリカという大国に協力し、国際制度で自国に有利な主張を入れ込むのは、日本の一つの戦略です。品のない言葉ですが大国にくっつく「コバンザメ戦略」です。そして、実際に日本の政治家と外務省は「アメリカの意向を見ながら」動きます。

それを考えればオバマ政権の環境政策は、日本の温暖化対策にも影響を与えます。現時点で判断する限り、おかしな政策が行われるとは思えませんが、その注視が必要です。

オバマ次期大統領は魅力的な人物です。ですが過剰な思い入れを持たず、「お手並み拝見」と冷静に観察した方がいいでしょう。

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プロフィール

石井孝明(いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト。1971年生まれ。時事通信社、経済誌フィナンシャル ジャパンの記者を経てフリーランス。著書に『京都議定書は実現できるのか〜CO2規制社会のゆくえ』など。ご意見・ご感想はこちらまで。